浦和フットボール通信

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「浦和で過ごした15年は最高だった」鈴木啓太さんインタビュー<TEST>

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2000年から2015年までの15シーズンに渡り、浦和レッズのMFとして活躍した鈴木啓太さん。現役時代は、2006年のJリーグ初優勝、2007年のアジア・チャンピオンズリーグ優勝など、個性派集団のメンバーの中で、中盤の底・ボランチのポジションで汗かき役としてチームにはなくてはならない存在となり、オシム監督が指揮する日本代表にも選出されて活躍した。生涯浦和レッズ一筋で現役を引退した鈴木啓太さんに、現役時代の思い出から、このまちの魅力についてお聞きした。

気持ちで勝つより、技術へのこだわりで勝負する

― 9月29日、アウェー柏戦(9月29日 27節 国立)のロスタイム。交代出場で登場した矢島はGK加藤からのロングスローを気迫のヘッドで繋ぎ、ポポの決勝ゴールを演出した。

UF:低迷するガンバ大阪に大敗した後の重要な試合。矢島選手のプレーにも「らしくない」ほどの気合いを感じましたが……。

矢島:(笑いながら)らしくないし、あまり好きじゃないプレーだったかも知れない。でも皆がどうしても勝ちたいという気合いが入ったゲームの交代出場だったので、その影響はじゅうぶんに感じていたと思います。とにかく大事な試合で使ってもらえたし、結果的に得点にからむ仕事もできたので良かったです。

UF:ピッチ間近で見ていてもテレビのアップ画像を見ていても、あまり気持ちを前面に出すタイプではないですね。いつも淡々とクールにプレーしている印象があります。

矢島:はい。そういうプレースタイルですね、僕は。

UF:プロになって変わって来た面もありますか?

矢島:全面に出す気持ちの部分がないわけではないんです。でも自分的には「気持ちよりも技術があれば上回れる」というこだわりの部分が大きい。そこが(自分のプレーの中に)出ているのかも知れません。今季からのプロ契約ですが、ずいぶんと慣れてきて自分のプレーが出せるようになってきていると思います。

UF:具体的には?

矢島:やはりプロに入るとスピードが全然違う。ゲーム中の局面ごとのプレッシャーの速さをいつも感じています。そこへの対応が一番変わったと思います。

UF:技術があっても上まわれない面があった……。

矢島:はい。やはり身体の強さも大きさも違うし、判断のスピードもないと(J1のレベルの中では)やって行けないと思う。

UF:ミシャ監督のサッカーはどんな印象ですか。

矢島:攻撃の時に3-6-1から変則的に変わるシステムですね。攻めの時の形は少し違うけど、ユースの時のやり方に近い。レベルは違っても動き方とかも理解しやすいです。

UF:指示自体も分かりやすい?

矢島:基本的にすごく話しやすい監督ですし、(コミュニケーションの)問題は全くないです。でもサッカーの内容的には、連携とか繋ぎの部分とかまですごく細かいところまでの目標があって、それを要求される。(現状のレッズでは)それをまだ皆が実戦で表現出来ているわけじゃないですね。監督の理想を追求しながらも、成績でも上位を目指すという段階と思います。

UF:競ったゲームで投入される機会も多いですね。矢島選手はその中でどう輝きたいと考えているのでしょう?

矢島:自分の役割で言えばシャドーのポジションなので、相手のボランチとディフェンスの間のギャップのスペースでボールを受ける場面が多い。そこから仕掛けたり、ボールを散らしたりするプレーを意識的に配分してやってます。(終盤戦になって)ブロックを固めて守りから入ってくる相手も増えてきている。そこを崩せないと(J1の上位争いは)勝てないし、上位も望めませんから……。

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直輝くんは少年団のエース。身近で遠い目標だった

― 矢島選手を輩出した北浦和サッカー少年団・吉野弘一監督は「必要以上に型にはめず、自由に」を信条とした指導で知られる。状況に応じた自己判断能力をアップさせるトレーニングだったが、少年団時代の矢島は同団の先輩・山田直輝とは異質のプレースタイルを早い段階で確立していたと言われている。

UF:少年団時代はどんなトレーニングでしたか。矢島選手のプレーヤーとしてのベースとなっているのでしょうか?

矢島:北少ではとにかくボールに触れている時間が長かったです。家の中でも触っていたし、練習の往復でもリフティングやドリブルをしたりしていました。ドリブルもスピードで抜くことは吉野先生から禁止されてましたね。急がなくて良い。常に相手の逆を獲るようにと言われてやっていました。吉野先生の指導はボール扱いを大事にする指導と思います。ボールを離し、蹴って走るのはダメなんです。いかにみんなでボールを保持してキープし続けるか。それを考え、プレーすることを教えられていました。

UF:先輩の山田直輝君はラグビーボールのリフティングという特別メニューを課せられ、自宅の駐車場でも練習を続けていたそうですが?

矢島:僕にはそれはありませんでした(笑)。テニスボールはやりましたね、僕は。こんな小さいので出来れば上手くなるのでは?と練習したことを覚えています。今もリフティングはけっこう得意です。もともと自分はスピードがあるプレーヤーじゃないから、北浦和少年団ではもっぱらテクニック重視でした。でも、だからこそプロになれたと思っています。長所はボールコントロールやテクニックと思うので、さらにそれをスピードでカバーが出来るようになりたい。そうすれば、もっと上に行けると思う。

UF:吉野監督は先日の本誌インタビューや浦和タウンミーティングなどのイベントなどで「直輝にしろヤジ(矢島のこと)にしろ、生まれ育った北浦和という地域や環境に才能を育まれた面が大きいと思う」とコメントされていましたが……。

矢島:北少は(レッズの)ジュニアユースやユースに行く先輩が毎年一人はいたので、そういう意味でも入団して良かったと思います。常に目標があるし、知っている人とか家族とか、友だちのお父さんお母さんにもいつも囲まれてサッカーをやって来た感じです。

UF:直輝先輩とはどんな交流を?

矢島:(北浦和少年団に)入団した時にすでに直輝君は有名でした。上級生だった直輝君の代のチームは県大会の常連だったしFC浦和では全国制覇。いつも近くにいたけれど、それはもう遠い存在でした。同じチームでプレーしたのは2試合くらいかなあ。一緒にやって、やっぱすごくうまいと感じたことを覚えてます。ずうっと目標の先輩でしたね。

北浦和のサッカーは世界レベルと信じている

― 天皇杯4回戦のカマターレ讃岐戦で価値ある先制ゴールを決めた矢島は、11月3日から開幕した『AFC U-19Championship UAE 2012』に出場するU-19日本代表にも選出され、貴重な得点を決めるなどの活躍を見せた。

UF:世代別日本代表にも選出されました。日の丸を背負ってプレーをする意気込みを聞かせてください。

矢島:僕は日本代表にはずっと縁がなかったのですが、得点できたり南アフリカ遠征でもそこそこやれたりしたので……。今回も選ばれたこと自体は嬉しいけど、中東の厳しい環境で自分がどれだけできるかというと分からないなあ(笑顔で首を傾げる仕草)。でももちろんステップアップのチャンスだし、良い経験になることは間違いないので頑張りたいです。

UF:北浦和少年団の名物団長の吉川さんはいつも、「ウチの子たちは普段から遠征なれしているので大丈夫」と胸を張りますが(笑)自信はありますか?

矢島:南アフリカでも食事はなかなか一苦労で、ずうっと同じものばかり食べていたので(コンディションの維持が)大変でした。(海外ともなると)言葉の問題とかもあるから、想像もつかない厳しさがあるんだと思います。でも自分は北浦和で吉川さんや吉野さんに教わったサッカーは世界で通用すると思っています。それは直輝君が代表に選ばれて海外でも活躍し、証明してくれていることですから。

UF:矢島選手はチーム内で「いつも先頭に立ちたい」という直輝くんのタイプとは違いますよね。

矢島:直輝君はいつも先頭切ってガーッと行っちゃうタイプ(笑)。僕とはある意味、ま逆みたいに違うキャラと思います。

UF:トップチームでのデビューからプレーを見させてもらっているけど、矢島選手は落ち着いていますね。特にシュートレンジに入った時も確実にGKの股の下を狙っていたり……。自信を持っているというか、ゴールのイメージも自分の中で鮮明に描けているのでは?

矢島:そう見えますか(笑)最初はダメで、いつも焦ってしまっていたんです。でも、(そこを修正するという)課題も見えてきて……。シュートレンジでの落ち着きは練習試合の時からのテーマでした。堀(孝史)コーチや天野(賢一)コーチの指導のもとに取組んできました。ワンタッチのコントロールも大切ですが、基本的にはシュートチャンスで「意識を変える」ことが目標。(その難しさは)練習や試合ごとに克服できて来ていると思います。

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