浦和フットボール通信

MENU

【番記者が見た、直輝、慎也の今季】矢島慎也は「岡山の心臓」へと成長した(寺田弘幸)(2015/11/24)

IMG_4448

岡山に移籍して感じた、自分の未熟さ

「これでいいのか」。

浦和レッズという国内トップクラスの環境で育ってきた青年は、自分自身を見つめ直した時に「どこかしら甘えが出ている」と感じていたという。

そして15年、浦和を出る決断を下した。「試合に出られないということもあったし、環境を変えてみることが今の自分の選択の中でベストだと思った」。気持ちを正直に口にするその表情はあどけなくても胸には強い決意を秘め、岡山へやってきた。「攻撃を引っ張っていく存在にならないと、ここに来た意味がない」。

新天地で21歳の誕生日を迎えた矢島は、さっそく岡山“恒例”のウィンターキャンプに参加した後、ピッチへ立って無邪気に笑った。「無人島に行っていた時からはやくサッカーをしたいと思っていたんで、サッカーをやって疲れるのは気分的にいいです」。ただ、練習中に負傷してチームが宮崎でキャンプを行っている間、岡山に残ってトレーニングを続けることに。よって開幕戦はベンチスタートとなったが、矢島はそこから一歩一歩階段を昇っていくように地位を確立していった。

名刺代わりとなる岡山でのファーストゴールはインパクトが大きかった。第6節・徳島戦に初先発した矢島は、ビハインドのチームを一振りで救う。ゴールまで約25Mの距離から放ったミドルシュートはスタンドを驚愕させたが、試合後の矢島はいたって冷静だった。

「やっと一歩を踏み出せたかなという感じ」と安堵の表情を浮かべつつも、次に口から出たのは課題。「最後のパスを通して点につなげるためにこのチームに来たんで、反省もしないといけない。(田所)諒君がトップスピードで上がってきてくれていたのに、2回くらい自分が合わせられなかった。そういうところをもっと突き詰めていかないといけないと思う。点を取って良かったで終わることがないようにしたいです」。21歳の向上心の高さには唸らされた。

そして、長澤徹監督も矢島の背中を押すようにハイレベルな要求を求めていく。フィニッシュ、ラストパスの場面でクオリティを発揮してゴールに絡むことはもちろん、「ああいうタイプの選手を走らせるのが僕たちの仕事」と話す指揮官は、チームへ献身することを強く求めた。チームは開幕ダッシュを飾ったが、GW前から勝利に見放される。矢島のクオリティはチームに欠かせない武器だったが、指揮官は走れなくなったら容赦なくベンチへ下げた。そして、矢島は指揮官の要求に応えるべく取り組んだ。「試合に出てできることとできないことが分かるし、練習でやることがいっぱいある」と語って充実したトレーニングを積み、みるみるたくましさを増していった。リーグが開幕して3カ月を経過した頃、矢島は90分間を走り切る体力を身に付けて文字通りにチームの中心プレーヤーの一人となった。

体力面だけでなく、チームの中心選手として公式戦を戦うことで得られる経験によって矢島は一回りも二回りもたくましくなっていく。第15節・横浜FC戦。悔しさを露にした矢島の姿は印象的だった。試合は岡山が主導権を握って決定的なチャンスも多く作った。だが、ゴールネットを揺らすことができずスコアレスドローに終わり、ミックスゾーンに現れた矢島はチャンスを決められなかった自分自身を責めた。「自分が決めればいいところを決め切れないで勝てなかった。サポーターは一万人近く来てくれていて、守備の選手たちは頑張ってくれていて、自分がチャンスを決め切れないで引き分けに終わった。悔しいです」。そして、自分の未熟さ痛感していた。

「チームがほしい時に点を取るために僕は岡山に来たのに、そういう場面で決め切る人がいて、決め切れない自分がいる。それはレッズでいま試合に出ている人と、岡山に来た自分の差なのかなと思った。まだまだ下手なんで、これから変えていくしかない。そういうことを考えさせられたゲームでした」。

ゴールを奪えなかった責任の重さを感じ、自分の力のなさを認める。成功体験だけでなく悔しい失敗体験が矢島を大きく成長させていったことは間違いない。そして、さらに矢島の成長を後押しすることが起きる。ボランチへのコンバートだ。夏場にチームは結果を出せず、苦肉の策の一つでもあった。ただ、本人は「ゲームを作るのは好き。やりたいと思っていた」と好意的に取り組み、攻守においてチームへの影響力が増すポジションで充実をみなぎらせていく。やらないといけないことがたくさんあることは、矢島にとって大きなやりがいだった。

岡山での充実の日々からボランチの才能の芽を出し始めた

「ボランチで評価されている選手は点を取っている選手だと思う」。ゴールへの意欲を失うことはなく、「まずは攻撃を作っていくことが自分の役割。もっと横に揺さぶっていけるように自分がサイドチェンジを入れてたり、空いていたら縦に入れてゴール前に行くパターンを自分のところで増やしたいし、守備に走ることもきついと思うことはないです。最後の方は疲れてくるけど、疲れてきた中での技術が本物の技術だし、考えながら首を振ってプレーするのも自分の長所。疲れていても考えることはやめないようにしたい」。

ボランチに重要な一つひとつのプレーと自分の特徴を照らし合わせ、ピッチ上で具現できるように努めていく。「とにかく声を出そうとも思っています。いいぞ!とかって声も大事だと思う」と、プレー面だけでなくチームメイトとともにどうやったら試合に勝てるかも考え続けた。そして、シーズン後半戦の矢島は「岡山の心臓」と言っても過言ではないプレーヤーとなっていた。

止めて蹴る基本技術の高さと非凡なパスセンスだけでなく、明確なビジョンを持ってゲームを展開していく矢島は、ボランチが能力をフル活用できるポジションかもしれない。長澤監督は「監督によって起用法は変わってくると思う」としつつ、ボランチ・矢島にこんな特性を見出している。「長いレンジのボールを蹴れる選手はなかなかいない。ショートパスがうまい選手はいっぱいいる中で、慎也はちょっと異質。その部分を開花できればもっといいプレーができるんじゃないか」。若干21歳。岡山でボランチの才能の芽を出した矢島は、これからも枝葉を広げていくに違いない。

矢島が岡山で過ごした日々は充実感に包まれていた。試合に出場するためトレーニングに励み、試合に出て分かった課題に取り組む。そしてピッチに立てば、チームの勝利のために走り、ゴールへ向かう。第41節のホーム最終戦。矢島は0-0の緊迫したゲーム展開の中で74分に得たPKのキッカーを任され、冷静にゴールをゲットした。「PKを俺に託してくれたチームメイトに感謝しています」と語った矢島の笑顔は、岡山での充実した日々を物語っていた。

寺田弘幸プロフィール

1980年生まれ。広島県広島市出身。サッカー小僧、サポーターを経て、07年からライターとして活動を開始。
『エル・ゴラッソ』でサンフレッチェ広島とファジアーノ岡山を担当。寺田弘幸公式メールマガジン 『ファジラボ』でもファジアーノ岡山を定点観測している。

ページ先頭へ