浦和フットボール通信

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河合貴子のレッズ魂ここにあり!「心の距離~李忠成選手」

J開幕から浦和レッズを追いかけている”タカねえ”こと河合貴子さんによる浦和レッズコラム。毎週、タカねえの独自視点の浦和レッズを語ります。

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浦和を愛することで、失った輝きを李選手は取り戻せた

人は誰でも誰かに自分を認めてもらいたい感情を持っている。頑張って努力して来たことや成果が、認められることで自信が生まれ、モチベーションが上がり日々の原動力となっていく。

特に浦和の選手たちは、一緒に闘うサポーターに受け入れて認めてもらいたい気持ちが強い。「日本一のサポーター」と評される浦和のサポーターに認めてもらい、自分のチャントが作られて高らかに浦和のゴール裏で歌われた時の選手の喜びは、想像を遥かに超えるものである。それは浦和の選手でなければ、決して味わうことが出来ない至福の時だ。

伊達に浦和のサポーターは「PRIDE OF URAWA」と掲げている訳ではない。浦和の選手になったのであれば、浦和を愛し、浦和の為に闘う覚悟と責任を背負いその思いをピッチで見せ無ければ、選手のチャントは歌われない。「自分のスキルアップの為に移籍してきた」などと考えていては、いくらピッチで活躍しても受け入れてもらえるどころか「浦和は海外移籍の為の通過点」などと思われてしまう。

そこには、浦和を愛する気持ちが籠められていないからだ。「自分のスキルアップが、浦和の為になりチームを優勝に導く」という思いがあるのならば、また話は違ってくる。今シーズンから浦和の背番号10番を背負うこととなった柏木陽介選手だって、広島から移籍してきた当初は、浦和のフットボール文化に馴染めずにメンタル的に苦しんだ時期もあった。

赤いユニホームを身に纏い、共に闘う意味を心の底から選手たちは理解しなければならないと思う。鹿島から移籍してきた当初に興梠慎三選手は「浦和を優勝させる為に来た」と力強く話し、その思いを籠めてピッチで躍動する姿を見せたことで、すぐに浦和のサポーターが受け入れた。

だが、興梠選手と同じような気持ちで「浦和を優勝させる為に来た」と話した李忠成選手は、差別的横断幕によって心に深い傷を負った。李選手は「あの横断幕は、自分に向けられたものではないって聞かされたが、それは詭弁だ。間違いなく、自分に向けられた物だ。自分に対する物で無かったとしても、僕が浦和に来たことで起きた」と哀しそうに話し「絶対に、ピッチで見返してやる。ゴールを決めて認めさせてやる」と反骨精神で牙を向いた。

「認めてもらう」が「認めさせてやる」と気持ちが変わった。その気持ちが、ピッチの中で李選手のゴールへの焦りを生み、本来の李選手の輝きを失わせて行った。承認欲求が強い余り、上手く行かなければどんどんと辛くなってしまう。上手く行かないと周りからの風当たりも強くなっていった。昨シーズンの試合で浦和がビックチャンスをものに出来なかった時に「あのシュート、俺じゃなくて良かった。俺が、外していたら何を言われていたか分からない」と李選手がポロリと話したことがあった。

その時、李選手が抱える深い心の闇を感じて悲しくなってしまい、思わず「私が知っている李忠成は、俺だったら決めていた!そう悔しがるのが、李忠成だ!」と声を荒げてしまったことがあった。李選手は、悲しそうな表情で苦笑いをして「そうだね」とつぶやいたのだ。

それだけ、李選手に対する風当たりは強かったのだ。李選手に対して向けられた本当に悲しくなる言葉が、私の耳にも届いていた。それは、耳を塞ぎたくなるような言葉であった。強くなる風当たりの中で向けられた言葉に傷つき深い心の闇を抱えながら李選手は、もがき苦しみ、それでも必死に前を向いていた。

昨シーズン、夏の移籍市場で李選手の名前が取りざたされたことがあった。李選手は「僕のプレーを評価して認めてもらい、必要されることは、本当に有り難いことだ。でもね、僕は浦和を出ていかないよ。僕は、浦和で何1つ結果を残していない。今、出て行ったら浦和から逃げるような気がする。そんなのは、嫌だ。逃げたくない。結果を残すんだ」と目を輝かせ笑顔を見せた。

あの深い心の闇に、一筋の光が差し込んで来ているように感じた。「認めさせてやる」と言う気持ちから、「自分の場所は、浦和だ」と言う気持ちに変わって行ったのだ。

李選手の心の変化と共にプレーに輝きが戻ってきた。そうして、ようやく結果を出したのは暮れも押し迫った天皇杯であった。天皇杯準々決勝の神戸戦で1ゴール2アシストの活躍を見せた李選手は「結果出ましたね。ゴール獲れたことは、本当に嬉しい。今年に入って、年末にフィットするとは思っていなかった」と本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。そして「レッズは、独特なサポーターがいる。活躍しないと受け入れてもらえないのは、分かっていた。でも、「あいつ使うな」とか「出て行け」とか・・・。正直、消化しきれないところもあったが、自分の方から歩み寄っていないって思った。浦和を好きになろうと思ったら、世界観が変わった。いろんな声を気にしなくなったら、自分らしさが出た。レッズの為、浦和の為に闘う!」と話したのだ。

浦和を愛することを知った李選手が、頼もしく眩しかった。天皇杯準決勝の柏戦では、浦和を決勝の舞台へと導く値千金のゴールを李選手は決めたのだ。梅崎司選手のクロスをファーサイドでヘディングシュートを決めた李選手は、一目散に浦和のゴール裏へと走り、両手を誇らしく天に突き上げ仁王立ちとなり、そして何度も胸のエンブレムを叩いた。それは、浦和のサポーターと心の距離が縮まった証であった。

深い心の闇を払拭するまでに、随分と時間が掛かってしまった。掛かった時は、李選手の傷ついた心の闇がどれだけ深かったかを露わしている。だが、自分から歩み寄ることで心の距離を縮めて行った。憎しみからは何も生まれない。浦和を愛することで、失った輝きを李選手は取り戻せた。

愛は、人を強くする。浦和を愛することを知った李選手は、やっと浦和を愛する人々と共に笑い、共に悲しみ、共に悔しがり、共に喜び、共に闘って頂点を目指すことが出来る。そして、浦和を愛する人々にゴールを捧げる。


Q.疲労回復の重要なことを教えて下さい。

A.疲労回復には、食事・入浴・睡眠が3大要素です。シャワーだけではダメです。しっかりと入浴をして疲れをとります。3大要素で1日の疲れをしっかりと取って、また運動することと疲労回復を繰り返していくと、今まで以上に回復してパフォーマンスが上がる超回復になっていきます。例えば、最初のパフォーマンスを100とすると運動による疲労でパフォーマンスが80に低下します。回復することで100に戻ります。しかし、使った筋肉はトレーニングにより徐々に増えて行くので、運動と回復の繰り返しでパフォーマンスが120へと上がって行くのです。回復をしないで運動をし過ぎるとオーバートレーニングとなりパフォーマンスが落ちてしまいます。

川久保誠 profile
1981年慶應義塾大学医学部整形外科教室入局。93年医学博士。94年英国リーズ大学医学部大学院へ留学、修士課程修了。96年より慶應義塾大学病院膝関節・スポーツ外来担当。東京歯科大学市川病院整形外科講師を経て2004年4月より川久保整形外科クリニック院長となる。浦和レッズレディースのチームドクターも務めた。
http://www.kawakubo-clinic.jp/

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