浦和フットボール通信

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河合貴子のレッズ魂ここにあり!「目標は、たった1つ~ 阿部勇樹選手 」

J開幕から浦和レッズを追いかけている”タカねえ”こと河合貴子さんによる浦和レッズコラム。毎週、タカねえの独自視点の浦和レッズを語ります。

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阿部選手の目標は、あくまでも浦和を愛する人々と共に「真の日本一」になること

阿部勇樹選手がJリーグのピッチに初めてたったのは、1998年8月5日万博陸上競技場で行われたG大阪対市原戦だった。2-2と拮抗したゲーム展開の中、89分にチームの中心選手であったスコルテン選手に代わって投入された。

17歳のお誕生日が近づく16歳と33日のことであった。当時の延長Vゴール方式で、延長前半9分に播戸竜二選手のゴールが決まり試合終了。約10分間の苦いデビュー戦だった。

あれから年月を重ねて、2016年10月1日埼玉スタジアムで開催された浦和対G大阪戦で浦和の選手としてJリーグ通算500試合を達成した。9月6日にお誕生日を迎えた阿部選手は、35歳と25日になっていた。

埼玉スタジアムのオーロラビジョンには、阿部選手の500試合を祝いデビュー戦からの記録の数字が映し出された。それは、まさに少年時代からの阿部選手の歩を物語っている偉大な数字であった。

千葉から浦和へと移籍したのが2007年。2010年の南アフリカW杯が終わると「このままではダメだ。海外でプレーする最後のチャンス」と単身でイングランドに渡り浦和からレスターへと新たな挑戦をした。

そして、2012年「何も浦和で成し遂げていない」と再び浦和の地に舞い戻った。レスターに行っていなければ、もっと早く500試合を迎えることが出来ただろう。それでも、Jリーグ史上6人目となる500試合達成は、遠藤保仁選手の35歳と267日の最年少記録も塗り替えた。

阿部選手の功績を讃え「阿部勇樹~オーオー。阿部勇樹~オーオー」とチャントが響き渡り、ミシャ監督からは真っ赤なバラの花束と共に阿部選手の頬に祝福のキスが贈られた。

少し歯に噛みながらも阿部選手はホットした感じで嬉しそうな表情を浮かべて「何よりも勝ったことが一番だった」とG大阪戦の快勝を喜んでいた。

「勝たないと意味がない。勝たないとおもろしくない。みんなから、「おめでとう」と言ってもらったが、おまけみたいなもの。チームが勝って、勝ち点3を獲れたことが嬉しい」と記録の樹立よりもチームの勝利が優先だった。

だが、「若い頃は、未熟な感じで怪我も多かった。トレーニングをしっかりとやることで身体も鍛えられた。そういう教えをしてくれた監督もいた。いろんな支えがあったから」と今まで支えて来てくれた人たちへの感謝の気持ちを忘れていなかった。

500試合を目前に控えた広島戦後、阿部選手は「結果だから、勝てば何でもOK。だから、そっとしておいて下さい。あんまり、いつもと違うことすると良く無い流れが、流れ込んでくるから・・・。10日間ぐらい静かにしといて下さい。大原には、あんまり来ないで下さい」と後ずさりしながら報道陣をやんわりとシャットアウトしていた。

そもそも阿部選手は、目立つような派手なことなどを好まない。もの凄くシャイな選手だ。そんな阿部選手が、一度だけ試合後にゴール裏に向かって声を荒げたことがあった。2015年シーズンを公式戦3連敗と苦しい状況にいきなり追い込まれてスタートを切った時だ。

「とにかく、1勝しなきゃ始まらないんだよ!」「まず、勝たなきゃダメなんだよ!俺たちやるからさぁ!だから一緒に闘ってよ!」

心の底から沸き起こる悲痛な叫び声と共に、阿部選手の目には薄らと涙が滲んでいたのだ。

そんな阿部選手の姿は、浦和を愛する人々の記憶の中に刻まれているはずだ。阿部選手が一番大切にしていることは、浦和を愛する人々と共に闘い勝利し、共に喜ぶことなのだ。

阿部選手にとって、500試合達成やフル出場記録の更新などどうでも良いことなのだ。「フル出場?興味ない。カード2枚もらおうかなぁ?」と笑いながら「賢くやっていかないとね」と阿部選手は話したほどである。記録の樹立や更新を目標に掲げて試合に出場している訳では無い。あくまでも、500試合やフル出場記録は通過点のだけである

2007年に浦和がアジア王者となった時、「僕は、何もしていない。ACL出場権を他のみんなが得てくれて、それに乗っただけ」阿部選手は移籍1年目だった。レスターから浦和へと戻って来た時にも、「帰って来たつもりは無い。在籍していた時もそうだが、自分はまだ浦和で何も成し遂げていない。浦和に関わる責任と使命がある」と話していた。

そして、500試合達成した後にも「浦和に来て、まだ何も成し遂げていない」と話した。どんなに試合出場記録を更新しても、阿部選手の心の中には2007年からずっと変わらない思いがあるのだ。

阿部選手にとって目標は、たった1つ。浦和を愛する人々と共に闘い「真の日本一」の栄光に輝き、共に喜びを分かち合うことなのだ。本当なら1シーズン制でシャーレを掲げたいところだが、歪んだ2ステージ制でも堂々とシャーレを掲げる阿部選手の姿を見たいと願う。

その日が来るまで、おめでとうは封印したい。「浦和に関わる責任と使命」を背負った阿部選手の目標は、あくまでも浦和を愛する人々と共に「真の日本一」になることだから・・・。

そして次なる目標は、アジア王者に返り咲く。そのために、まずはたった1つの目標に向かい阿部選手は、浦和を愛する人々と共にピッチで闘い続ける。

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Q. 3階の通所リハビリの施設について教えて下さい。

A. 介護保険での通所リハビリです。基本的に65歳以上の介護保険第1号被保険者の方で、要介護や要支援が必要な方が利用出来る施設です。40歳から64歳までの若い方でも特定疾病や特定疾患の場合、介護保険第2号被保険者としても利用出来ます。屋上には、人工芝を張る予定で、室内と屋外でも身体を動かすことが出来ます。また、利用者を車でお迎えにあがったり、訪問リハビリも可能です。障害を抱えている方やそのご家族が安定した在宅生活が出来るようにお手伝いをします。スタッフの中には、レッズの選手として活躍した堀之内聖氏の同級生の青木さんが理学療法士として活躍してくれてます。

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Q. 青木理学療法士はどういうことを心掛けてお仕事をしていますか?

A. 病気になったり、怪我をされて障害を抱えた時に、昔は家で家族が支えていました。今は、一人暮らしが出来ないからと病院で過ごすことが多くなってきました。障害を抱えても、高齢になっても、一人になっても在宅で生活できることを大切にして、サポートをするのが理学療法士や作業療法士です。身体機能も大事ですが、大切なのはメンタル面です。「私は障害があるから一人では生活出来ない」となった方もいると思います。メンタル面からもサポートして、地域で支えられるように心掛けています。

川久保整形外科がリニューアル開院しました。平成28年5月6日(金)より新クリニックにて診療を開始しています。MRIなど最新施設を備えて、より良い環境の下での医療とサービスをご提供していきます。http://www.kawakubo-clinic.jp/

川久保整形外科

川久保誠 profile
1981年慶應義塾大学医学部整形外科教室入局。93年医学博士。94年英国リーズ大学医学部大学院へ留学、修士課程修了。96年より慶應義塾大学病院膝関節・スポーツ外来担当。東京歯科大学市川病院整形外科講師を経て2004年4月より川久保整形外科クリニック院長となる。浦和レッズレディースのチームドクターも務めた。http://www.kawakubo-clinic.jp/

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