浦和フットボール通信

MENU

守屋保(西武台高校サッカー部監督)インタビュー(2)

「西武台で全国を獲りたい、ウチで力を蓄えていつか日の丸を着けたい。そんな気分を持つ子がようやく集まって来たという段階」…… 県下を代表する強豪校を率いる指揮官は「全国」へ挑む教え子たちの到達点を、そんな控えめな言葉で示した。才能や育成人材の平均化により、年ごとに王座交代劇がおこる高校サッカーの勢力図。では8回目の総体挑戦に赴く守屋監督が描く、地元サッカー界活性化への未来図とはどのようなものか。提言インタビューの続編をお届けする。浦和フットボール通信編集部

守屋保(もりや・たもつ)Profile
1961年、さいたま市生まれ。帝京高校を卒業し国士舘大学体育学部に進学。83年卒業と同時に西武台高校に赴任。87年にコーチから監督となり現在に至る。高校時代は、インターハイと国体に出場、国体では東京都選抜として優勝。大学では控えメンバーながら、大学リーグ優勝。監督としては、インターハイ8回出場。全国高校サッカー選手権に4回出場。2010年にはベスト8に進出。9名のJリーガーを育てる強豪に押し上げた。

UF:西武台高校第二グラウンドは全面人工芝。その価値や有用性は県内指導者たちからも評価を聞くことができます。しかしたとえばこのような施設拡張においても、守屋先生の指導実績を認め、サッカーを校技として推進する学校サイドの理解がなければ実現しない事柄でしょう。西武台のような育成環境を単独高校で整えられる例は、残念ながら現在の地元サッカー環境においては限られていると思うのですが。

守屋:もちろんそうです。私たちのケースでは学校サイドの理解とサポートを頂いていることが非常に大きい。サッカーを応援してくださる学校幹部や先生方が数多くおられたという背景がなければ、このようなトレーニングの場や機会はとても考えられません。

UF:大山照人先生(武南高校総監督)や野崎正治先生(浦和東高校監督)にはインタビューのたびに高校サッカーをめぐる地元の育成環境の評価をお願いして来ました。得られた結論は大山さんや野崎さんのような第一線の指導陣が一定の成果を得たとしても「その実績を継承・蓄積する環境を浦和・埼玉で確立することは困難」というもの。この問題点がクローズアップされない限り、トレーニング施設はもちろん自分たちに続く指導者育成もままならないと……。

守屋:なるほど。

UF:トレーニングの条件が揃い、そこに然るべきレベルの才能とビジョンを持つ子がやって来る。さらに彼らを率いる経験値を蓄えた指導者が活躍できる素地もある……。欲を言えばきりがないが、県内上位校の幾つかにそのような要素が揃うことが(埼玉県の課題である)全国大会ベスト8の壁を突破するカギになるとの見解でした。この「埼玉の高校サッカー育成環境」の向上については、どのようにお考えですか。守屋:そのような(指導者によって整えられる)環境については、実際のところの高校生年代の現場では「指導者vs指導者」の構図だけで完結してしまっている現実があります。大山先生や野崎先生の他にもたくさんの熱心な監督さんはおられますが、やはりお二人に鍛えられた選手たちは突出した部分を持っていると思う。非常に特徴的な選手たちですから。僕はそれぞれのカラーが出るのは大切なことだと思うし、むしろ皆が同じ育成法で成長する必要性なんてないと思っている。武南は武南らしい、つまり大山先生らしいサッカーをやることが成長でしょうし、対するウチはどうやって大山先生のサッカーに立ち向かえる選手を育てるか、そういう才能を伸ばすには何が必要かを考えることが使命になるでしょう。浦和東についても、あの力強さと正確なキックを身につけさせるにはどういう練習をさせているのか。何を武器にして守備をし、攻撃してくるのか。それを上回るためには我々は何を創るべきかを日々の練習で選手ともども模索していますね。

UF:以前の本誌巻頭で(Vol.12 2008年2月号)野崎先生と対談して頂いた折には「埼玉の高校サッカー王座奪還」について語り合っていただきました。その対談では守屋先生は地元で健全な競争ができる学校がいくつか必要で、それぞれの特色を対立軸に切磋琢磨することが必要とおっしゃっていた。この何年間かでそういう環境は整ってきたとお感じでしょうか。

守屋:まあ、武南と浦和東については当時から実績を積んでいましたし、ライバルとしての相対関係は確立された感があります。年柄年中トーナメントでは顔を合わせることになるし、互いを高めあう意識は持たざるを得ません。ただ以前と違うのは、自分ももう若手指導者ではないという意識。これまでは自分のサッカーの理想が強くあって、この戦術とスタイルでなくちゃ戦いたくない、みたいな若さゆえの頑固みたいなものがあったんですけど、そこは薄れたかも知れない。武南のやっているプレーとか、浦和東がやっている育成とかを心から受け容れられるくらいの許容は出来てきたかなと思います。そういう柔軟性も武器にして行かないと全国相手では通用しないと感じている。その意味ではお二人に続く私以降の世代の指導者は続けて精進して行かなくてはなりません。

UF:具体的には?

守屋:サッカーのやり方、特に育成法は一辺倒ではなく、自分のやり方があっても指導者ともども相手から学び、取り入れる姿勢ということでしょうね。たとえば浦和東とやる時、私自身も「ヘディングで押し切られたら終わりだから、そうならないためにボールを転がす展開に持ち込め」なんて指示だけを選手に言い渡し、自主練でやらせる程度の対策しか講じて来なかったんです(笑)。ところが川島君が日本を代表する選手に成長し、去年の菊池君みたいなプレーヤーが台頭するのを見れば、あのパワーとか強さは育成年代で身に付けなければならないことも見えて来ます。昨今の浦和東を見ていると、勝負どころで凄くきれいなパスワークを見せたりもする。練習の中でもボールを動かせとか、どこで繋げということは考えてやってきていますよね。お互いを見比べて、学んでいかなければいけないと実感します。(県内の勢力図においても)勝ったから正解、負けたからダメというもんじゃない。勝者も反省をし、敗者からも学ぶ姿勢を忠実に継続できなくては競り合っている意味もないと実感するようになりました。

UF:先ほどのお話に出たプレーヤーたちの「西武台を選ぶ意識」の変化について伺います。大山先生も同様のコメントをされているのですが、ある程度の実績を作った後の指導者育成、つまり後継者の獲得や育成もプレーヤー同様に将来へのテーマとなってくると考えるのですが。

守屋:我々のケースで言えば選手権に出場時のキャプテンを教員として採用しており、おおよそではありますが将来設計も考えた活動をしています。その件に関して言えば、野崎先生の薫陶を受けた指導者あたりは、どんどんコーチとして県内で活躍を始めている感触はありますけどね。ただ本当にチームを預かる指揮官としての経験値という意味では不足している情況はある。責任を持ってひとつのチームを預かるということは、(育成の手法以前に)別の意味での経験が問われますから。

UF:そう思います。

守屋:その意味では流経大柏の本田(裕一郎)先生とか静岡学園の井田(勝通)先生とか帝京の小沼(貞雄)先生といった方々が、1年生強化のためのルーキーリーグを作って「40年過ぎの指導者は禁止」というお触れを出したりしている(笑)。つまり若い人材に指揮をさせ、ゲーム経験を積ませ、選抜チームを作ってヨーロッパ遠征を目ざすことを目標に掲げられているわけです。私もそのような活動や指針の必要性はあちこちから指摘されますし、作っていくべきと考えますね。ジャパンユースなどでも星稜高校の川崎(護)先生がU-17の年代に制限を変更し、ゲームに出られない1~2年生を強化する方針を実践されている。こういう活動には相当のフットワークが必要で、試合会場は各地に散ることになる。合計36ものチームを創り上げる計算ですし、セレッソやヴェルディ、グランパス、フロンターレなどJ8チームの参加も仰ぎます。でも、こういう活動のおかげで若い指導者がJアカデミーとの対戦経験も養えるわけですし、クラブ側も若い指導者が多いからお互いに刺激を与えられる環境となるでしょう。

UF:浦和、埼玉のサッカー土壌を絶やさないために、レッズ、アルディージャとの連携関係を深く保って欲しいというアイデアに関してはいかがでしょう。守屋先生にはぜひお伺いしたかったのですが(笑)。

守屋:私は伝統ある浦和エリアにいるわけではないので、そういう熱のある舞台にもっと進出できたら凄いと思いますね。埼玉にいま一度、そういったフットボール熱が戻ってくることを希望します。野崎先生はウィンターシーズンに各地のチームを呼ぶ大会を催されていますけど、もっと大々的にサポートすれば良いのでは? サッカーの街URAWAを名乗るのであれば、高校年代を中心にラグビーの福岡サニックスブルースのようなクラブの出現もあって良いのではないでしょうか。とにかくレッズ、アルディージャの協力が得られれば、お祭りじゃないけど世界各国のクラブを招くことだって夢じゃない。今回の高校選抜チームで参戦したデュッセルドルフの大会ですとか、ベリッツォーナの大会は自治体が企画して街のクラブチームが招待をして開催している。そこへ世界各国のスカウトの人が集まって活動を展開するわけです。世界を視野にとらえるなら、ああいう国際規模のフェスティバルがあっても良いのではないかと思いますね。そこまでのスケールの大会はどこにもないですから。

UF:先日、FC浦和の町田監督にインタビューさせていただきました。浦和レッズはジュニアチームを創る段階に入っており、いよいよジュニア、ジュニアユース、ユースというアカデミーの全年代が揃います。URAWAの子たちが育っていく中で、ジュニアユースに上がれなくて挫折したとか、ユースに上がれなくて挫折したとか間、間の中でプロのクラブと学校のシステムと自治体の集まりがもっとスムーズになれば、今よりも才能は流出せずに、浦和、埼玉の中で育成をしていける環境を作れるはずではないかとお話をしています。

守屋:私は(取材スタッフの面々を指して)皆さんやFC浦和さんほど浦和エリアへの思い入れは深くない(笑)。むしろ日本一ビックなサッカーエリアになる折には、そのこだわりはむしろ消して欲しい考えだなあ。バルサも世界各国から才能を集めているわけですから、もっとビッグエリアから浦和、埼玉に人が来るというくらいのスケールが欲しいです。で、育成は埼玉の子に限定せず、来たくてしょうがないけど、そのレベルでは無理ですよというくらいの意識じゃないといけないのでは? URAWAというだけでは小さいなと僕は感じます。全国が埼玉のサポーターになるレベルを目ざすべきなのではないでしょうか。成果を示せば、北海道とか山口からも希望者が出てくるんですよ。現状では寮がないので無理ですが、そのくらいのスケールをイメージすることが必要というのが僕の考えです。

UF:なるほど、了解しました(笑)。そういえば松本暁司さん(浦和南高校・三冠王の指揮官)にお話を聞いた際、同じような主旨を述べられました。当時の浦和南はそういう視界スケールだったそうですね。ただ思うのですが、例えば先生の秘蔵弟子である清水慎太郎選手(大宮アルディージャ、浦和レッズジュニアユース、西武台高校出身)のケースなどは、やはり守屋先生の西武台高校の存在が大きかったと思うのですが……。

守屋:はい。彼の場合はプロの育成段階でコンディションを崩したまま我慢してしまった部分があった。その意味ではサポートのシステムとして私たちの高校サッカー部の方が適していたという面があったと思う。そういう意味ではおっしゃるような地元の連携は欠かせない要素となるでしょう。

UF:将来的には向上を望みたい部分です。

守屋:たとえば川島(永嗣)君を例に上げれば、日本全国には彼のような素地を持った子は隠れていると思うんです。そういう子が浦和東のGKになれば川島永嗣のようになれる。この手の雰囲気をもっと大切にしたい。事実、浦和東には毎年のように川島級のGKが出て来ます。それは担当指導者やGKコーチがいなかったとしても、「組織の中で育てる力」が働いている証し。こういう側面って、地元はもっとアピールしても良いんじゃないですか? 埼玉の人間は意外と謙虚だからね(笑)。

UF:そういう側面はあるかも知れません。

守屋:スカウティングにおいても、(埼玉の指導者の間では)狙っていた選手を獲られちゃったという話によくなる(笑)。お金で勝負しているわけじゃないですから、純粋で良いのでしょうし、フェアであるとも言えるんでしょうが……ちょっと歯がゆい気がする。サッカーの街に、なんで高校が使える人工芝のグラウンドが5面程度しかないのか。高等学校、中学校が使えるような専用トレーニングセンターもないのか……。熊本の大津などはいま挙げた施設がすべて存在し、私学だけじゃなく県も市も力を集結させています。以前の野崎先生との対談でも申しましたが、ダイナミズムが欲しいですね。URAWAなら、そのくらいの高みを目ざす意識共有から始める方針があっても良いと私は考えます。

(2012年7月 西武台高校にて)

 

ページ先頭へ