浦和フットボール通信

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欧州通信2012 Mark Russell 北部イングランドに吹いた“五輪”の風。(2)

ロンドン五輪を自らの“幕引き”とするかのように、母国の若きオリンピック代表たちを牽引して見せたライアン・ギグス。方や同じマンチェスター・ユナイテッドのスターでありながら、ウェイン・ルーニーはいまだメガクラブの巨額移籍を象徴する存在で、古巣エバートンの記念試合への出場もままならない…… 母国のフットボールを牽引して来た北部イングランドに息づく、クラブ本拠地のスピリットを語るマーク・ラッセル談話第2弾。
インタビュー/写真 豊田充穂

【3】 7月28日 於 グディソンパーク・スタジアム “ウィンスロウストリート”。

豊田:こちらのスタジアム近くのショップでは、高齢のオーナーが昔の自慢話をしながらグッズを包んでくれるケースが多いですね(笑)。あなたのリヴァプールへの本音に比べれば、“Hillsborough justice campaign”の主人との挨拶は、ずいぶんフレンドリーだったように思いますが……。

ラッセル:お互い、長くやった間柄だから(笑)。アンフィールドの周囲は、五輪とのタイアップを受け容れたオールドトラフォード周辺に比べて「普段着のまま」という感じでしたね。

アンフィールド・スタジアム正面玄関前。赤を基調としたレンガ造りのショップの中に、“Hillsborough justice campaign”を掲げたウィンドーが見える。

豊田:アンフィールドの正面ゲートから回り込み、アンフィールド・ロードとスタンレー公園を通り過ぎれば、そこにはもうエバートンFCの本拠地、グディソンパーク・スタジアムが現れます。

ラッセル:クルマなら1分だったでしょう? わずか500メートルを隔てて、街並みがレッドからブルーにがらりと変わる。家々はその間に境界線を置き、どちらのクラブの支援であるかをはっきりと意思表示しているのです。その継承はグディソンパークの偶像で知られるディキシー・ディーン(イングランドFAの1シーズン最多得点記録を持つクラブのレジェンド)の時代から、代々にエバートンをサポートして来た「家風」を持つ家々に守られているのです。

豊田:イタリアやオランダに比べても、あそこまで直接的にクラブに寄り添う姿を見せる家並みは見た記憶がありません。やはりマッチデーの興奮にかられてゲーム観戦をするだけでは気づかない部分はあることを知りました。

赤い本拠地アンフィールドからわずか500m、グディソンパーク・スタジアムの側道ウィンスロウ付近の家並み。看板の基調色はもちろん、交通標識の裏面塗装までが“エバートン・ブルー”に塗り替えられる。

豊田:スタンド外壁に沿った家々には、“ディキシー”はもちろん、アラン・ボールやティム・ケーヒル(オーストラリア代表選手)のゴールに湧くスタンドの歓声が届いていたのでしょうね。

ラッセル:リビングルームでグランパやグランマが“マージーサイド”(リヴァプールvsエバートンのダービー戦)を飾った歴史的ゴールの思い出話を語り、子ども夫婦と孫たちがエバートンのTV中継を見ながらそれを聞く。BGMは、窓から聞こえてくるスタジアムの大歓声……それがグディソンパーク沿いにレンガで建つ、典型的なエバートンのホームの姿です。豊田:あなたが唱える「民衆のもの」であるフットボールの光景?

ラッセル:イエス。使い古されてはいるがリヴァプールの誇りであるビートルズ(笑)の解散後のベストアルバムは赤と青(赤盤はリヴァプール、青盤はエバートンを表していると言われる)に塗り分けられています。演出臭い気もしますが、なじみやすいエピソードだし日本のポップスファンも知っているでしょう。オールドトラフォードではもはや色褪せてしまった空気が、リヴァプールのこの区域には色濃く残っていることは認めるしかない。

豊田:コアな支持者は、そういうカルチャーの面からもホームの独自性にこだわると思う。でもいまや大多数のサポーターにとってはワン・ノブ・ゼムです。クラブに対するファン評価の要素にはなってないように見える。

ラッセル:そういう時代変化を漫然と許していた結果、何が起こったか……Jリーグとは背景も違うでしょうが、私たちのリーグは引き返せない迷路を実感することになったのです。ボスマン判決(1995年)が分岐点でしょうね。EUに向けて移籍市場が巨大化し、規制枠を外したプレミアには外国人選手が一気に流入。アーセン・ベンゲル率いるアーセナルが、登録プレーヤーにイングランド人が二人しかいないまま歴史的な全盛期を迎える事態まで起こってしまった。

豊田:一方でスポンサードの拡張は確実に進み、ワールドクラスの選手名が次々とプレミアへの登場を果たしました。日本のスポーツマーケティング界では「世界的な不況下における成功例」とした専門家がいましたが……。

ラッセル:その専門家は、ロンドン五輪がヨーロッパの経済立て直しにどう影響するかを研究するのだろうね(笑)。スポーツをビジネスツールに仕立てる行為が横行し、それに相乗りするマスコミが批判も忘れて騒ぎ、書き立てる。クラブ本拠地の支持者がそういう風潮をどのように捉えるかです。たとえばスタンドやホームタウンから選手を鼓舞し、戦ってきた歴史を自負するURAWAの人たちはどう感じているのだろうか?

豊田:私たちのテーマも実質その部分でしょう。昨季のように、降格危機に直面する段階で初めてホーム浦和の不満は噴出します。強化方針のぐらつきや育成の停滞も目につき始める。降格を恐れるあまり、「監督交代」や「緊急補強」で勝点を要求するファンも現われる。その頃にはクラブ幹部の迷走が一気に表面化する事態に陥ります。

ラッセル:それは“民衆のものであるフットボール”を“ビジネスの所有物”にしてしまったツケを払わされている典型的事例……ということではないでしょうか?

五輪男子サッカー予選リーグ 日本vsモロッコ戦が行なわれたニューキャッスル・ユナイテッドの本拠地・セントジェームスパーク。

豊田:フットボールが“民衆のもの”であり続ければ、そういう危機は回避できますか?

ラッセル:危機うんぬんはともかくとして、浦和レッズがURAWAのものであることはメッセージされ続けるでしょう。

豊田:しかし場合によってはスポンサーとの対立や決別も覚悟しなくてはならない。

ラッセル:最終的に企業組織が追い求めるのは利益です。「フットボールの理想」ではなくなるケースは簡単に起こり得ます。

豊田:世界のファンの心をつかんだマンチェスターでさえ、そのケースが起こった……。

ラッセル:何十年もの間、フットボールに対する責任を理解し、ひとつのポリシーを持ち続ける企業が世界中に幾つあるでしょうか? あったとして、その組織が愛するチームのスポンサーとなる確率はどのくらいでしょうか?

豊田:やはり最終的にクラブを守るのはホームタウンとサポーターとしか考えられません。

ラッセル:私たち支持者が受継いできたサッカー愛とクラブへの支援は、いかなるスポンサーよりも長い時間帯であることが証明されています。この実績に応えるためにクラブがどんな努力をしているかはサポーター自身が“監視”するしか道はない。

豊田:しかしそういう地道な努力よりも、とかくクラブは「勝てば観客はスタジアムに帰って来るだろう」という発想におちいります。

ラッセル:現在のレッズがそういう症状なのでしょうが、勝てば何とかなるという理由だけで補強選手を選んだり、チームカラーや戦術を変えることは非常に危険だ。自分たちのアイデンティティに欠損を生む原因になるから。

豊田:サポーターも「勝利のため」というポイントでしか結束が図れなくなってしまいます。

ラッセル:ミスを犯した先輩であるマンチェスター・ユナイテッドの元サポーターとして忠告させてもらいたい(笑)。そこで妥協していると、URAWAのフットボールも“ビジネスの所有物”になってしまいますよ。

【4】 8月1日 於 ボルトン・ウィガン地区 マーク・ラッセル宅。

ラッセル:あなたの話を聞いているとレッズの現状も深刻な様ですね。

豊田:チームは上位にいます。チーム情況が悪いわけではない。ところが勝っても観客が戻って来ないのです。まるで「勝てば戻って来る」と踏んでいたクラブに対するアンチテーゼが客席に漂っているような……

ラッセル:チーム状況ではなく、クラブ情況に問題を抱え続けていることをURAWAのファンが見抜いているからでしょう。あなたの新監督に対する評価は? 新しいペトロヴィッチ監督に何を期待していますか?

豊田:まとを絞るなら“バンディエラ”の育成に尽きます。20年浦和レッズを見てきたが、いまのレッズには「URAWAとレッズサポーターが育てた」と実感できる選手が、ほとんど居なくなってしまった。

ラッセル:そこは極めて重要な部分と思うね。「なでしこ」はウェンブレーの五輪準決勝でも素晴らしいプレーを見せたが、ミス澤のような選手がいることはイレブンにとってもなでしこファンにとっても特別なのです。彼女は女子日本代表の真のバンディエラなのでしょう。URAWAの情況はユナイテッドに似かよっている。自前のユース育ちの象徴だったベッカムとスコールズは選手生活の終わりを迎え、頼みの綱だったライアン・ギグスは若いイレブンを牽引した今回の五輪を“幕引き”の舞台と踏んでいるようです。

豊田:しかしユナイテッドはレッズよりも勝ち続けています(苦笑)。

ラッセル:アレックス(ファーガソン監督のこと)の長い長い牙城の上にね……彼が勇退する時にユナイテッドもツケを払わされることになるでしょう。アカデミーでユース時代からユナイテッドならではのスピリットを叩き込まれたバンディエラはもういないのだから……。

豊田:ウェイン・ルーニーを獲得してタイトルを独占し、新たなファンが熱狂しても失ったものが大きい?

ラッセル:ギグスはマンチェスター・シティ傘下の地元クラブでプレーしていた少年時代に、オールドトラフォードのスタジアム管理人に連れこられてユナイテッドに入団した。ルーニーとは生い立ちが違いすぎるのです。いかにルーニーがゴールを量産しても、ユナイテッドにおいてギグスの代役にはなれない。

豊田:グディソンパークの家並みを見たばかりでそのエピソードを聞くと滅入りますね。逆にルー二ーをユナイテッドに明け渡した時のエバートン・サポーターの思いたるや……

ラッセル:10才にしてエバートンブルーのユニフォームに袖を通した彼のような才能は、50億円超の移籍金コンビとしてクリスティアーノ・ロナウドと競演させられる以外の道もあった……エバートン支持者ではない私でも、そういう想像をめぐらすことはあります。

ロンドンとの気温差は10℃以上。マーク・ラッセルがサポートを続けるFCユナイテッド・マンチェスターの本拠地ギグレーン・スタジアムは冷たい雨模様だった。

豊田:しかしそうなると、あなたが認めるマンチェスター・ユナイテッドの“補強”はなかなかに難しいものなのでは?(笑)

ラッセル:それはユナイテッドに限らないでしょう。探すべきはクラブの宝である若手プレーヤーの見本となりうる選手。この買い物が簡単であろうはずがない。長くプレミアを見て来たが、クラブが抱える才能に好影響を及ぼし、長期的に見てクラブの成長に貢献した補強は本当に少ない。失敗例は90パーセント近くではないかと考えています。

豊田:エリック・カントナは何人もいるわけではない?

ラッセル:その通り。同じ北部イングランドのリーズ・ユナイテッドでくすぶっていた特異なキャラクターを主人公に仕立て、ユナイテッドの内面で眠っていた魂を若手(デビッド・ベッカム、ポール・スコールズ、ライアン・ギグスらを指す)に呼び起こさせた。あのプロセスはおそらくアレックス(ファーガソン監督)の生涯の偉業になるでしょう。

豊田:時間はかかっても、蹴都マンチェスターの「解決策」はFCユナイテッド・マンチェスターの支援しかない。そういうことでしょうか?

ラッセル:まずはマンチェスター・ユナイテッドとは対極に位置する地元クラブを設立する。ユナイテッドの現状を否定するホームタウンのパワーをまとめ、そして闘う……。この作業は苦しいけれど夢もある。さらに間接的にマンチェスター・ユナイテッドへメッセージを送り続けるシンボルにもなることができるのです。

豊田:なるほど、よく理解できました。

ラッセル:決してジョークではないので聞いてください。あなたのホームタウンのためには、プロクラブ「FC浦和」の誕生が必要なのではないでしょうか? 気持ちがあるなら相談してください。FCユナイテッド・マンチェスターの経験からアドバイスができますよ(笑)。

≪2012年8月 イングランドにて≫

マーク・ラッセル(Mark Russell)プロフィール
イングランド北西部・ボルトン生まれ。サポーターとして、またスポーツ関連情報をメディアに配信するリサーチャーとして30年以上にわたりマンチェスター・ユナイテッドを見守ってきたフリー・ジャーナリスト。イングランド、スコットランドなど英国サッカー変遷の研究を専門領域とし、リヴァプール、エバートン、ブラックバーンなどのクラブに関して長い調査歴を持つ。少年時代からの熱狂的な“赤い悪魔(マンチェスターユナイテッド・サポーター)”であったが、米国人投資家のマルコム・グレイザーが経営権を握りアレックス・ファーガソン監督の専制政治が敷かれた90年代後半からの同クラブの一辺倒な拡大路線(ビッグクラブ化)に絶望。志を同じくするマンチェスター市民の熱望によって結成されたFCユナイテッド・マンチェスター(Football Club United Of Manchester)の支持者となり、その動向のレポートを海外のメディアに向けて発信する活動を行なっている。

http://punksoccer.com/

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