浦和フットボール通信

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浦和フットボール交信 – Vol.2~サポーターから見た2009年、そして2010年へ~椛沢 佑一

椛沢佑一浦和フットボール交信 Vol.2
サポーターから見た2009年、そして2010年へ
椛沢 佑一
(浦和フットボール通信編集長)

■レッズサポーターが重ねてきた歴史
昨年は99.11.27から10年の歳月が過ぎた年だった。あの頃は、浦和レッズがJ2降格となり、一寸先は闇の状況だった。その時、サポーターは自分達ひとりひとりが自ら何をすべきなのかを考えていた。ただスタジアムで応援するだけでは、このクラブは変わらないのではないかと。クラブの考えをサポーターに伝える「語る会」もサポーターの署名活動が経緯で始まった。(*1)

浦和フットボール通信Vol.33(*1 11.27の際のサポーターの行動は『浦和フットボール通信』Vol.33号に詳しい。また、恒例となった「語る会」の開催は、「浦議」のメインに端を発して行われたフロント解任を求める3千名署名(99年12月25日)が大きな引き金になったことは、古参サポーターの通説である。)

それから10年が経ち、クラブを本気にさせ浦和レッズはリーグ優勝、アジアの頂点へと駆け上るように成績を残した。最近のサポーターは監督、選手に責任を問うことが主となり過ぎていて、自分達も当事者として問題を考えて提言する感覚が薄れてきているんじゃないだろうか。そんな昔の話はいいよ、というサポーターも多くいるかもしれない。しかし現在を見ているだけでは全てが見えるわけではない。フットボールの世界は積み重ねてきた歴史、縦軸でみることも必要であると私は思っている。ここまで積み重ねてきた歴史を顧みることも、浦和レッズが再び輝きを取り戻すヒントが隠されているはずだ。

■    「土台作り」の前段にあったものは。
第1回の豊田さんのコラムの通り、昨シーズンは「土台作り」がテーマとなった一年だった。そもそも「土台作り」という話になったのは、2007、2008シーズンの経験から来るものだと記憶する。2007シーズンはACL初優勝という経験をするに至ったが、リーグ戦では最終戦で優勝を取りこぼし、個人を押し出すチームの限界を誰もが感じていた。2008年も、開幕早々にホルガー・オジェック監督を解任し、ゲルト・エンゲルスをコーチから監督へ昇格させるなど、チームの迷走は止まることがなかった。サポーターもこの経験から、クラブとしてはっきりとしたビジョンを持って、目指すべきフットボールを打ち出し、浦和レッズのフットボールはこういうものだということを示せと求めてきた。その結果として、クラブは「人とボールも動くサッカー」を目指すということを決め、フォルカー・フィンケを監督に据えて新たなフットボール構築を始めた。それが2009シーズンだったと思う。

■2009シーズンは、一番冷静に見ていたサポーター

シーズン序盤は、フォルカー・フィンケ監督の下、浦和レッズのフットボールが変化していると誰もが感じられる内容を展開して結果もついてきた。これがある意味、我々を含めて周囲の気持ちを助長させるきっかけになってしまったのかもしれない。夏場に入ってチームは一気に失速し、周囲からも騒がしい声が聞こえるようになってきた。
その中でもサポーターはチームをしっかり見てきたと思う。ダメなプレー、気持ちが入っていないプレーには、もちろん厳しい言葉が飛ぶのは普通だとしても、気持ちの根底には、今シーズンはしっかり支えるという気持ちがサポーターにはあったと思う。そんな姿に、「なぜサポーターは騒がないんだ」という声も外野から聞こえてきた。それは前段でも書いたように2007シーズン、2008シーズンを経験したことから進んできた道を考えれば分かることだ。確かに、浦和レッズはアジアの頂点にまで登り詰めて、勝たなければいけないチームへと成長した。しかし、まだ勝ち続けられるチームではないということを2007シーズン以降、サポーターも感じていたはずだ。フィンケ監督を無闇に評価して支持をしていたわけでもないが、結果が今出ないからといって解任をすることが、今のレッズにとってBESTなことなのか、それは過去の経験から照らし合わせても多くのサポーターはNOであることを感じていたのではないだろうか。現に、さいたまダービーで屈辱を味合わされた10月の大宮アルディージャ戦の試合後に、一部サポーターと社長の話し合いになったシーンでも、簡単に監督を解任することで問題を解決させることはしないようにとサポーター側からは声が上がった。(*2)

(*2  0-3で大宮に惨敗したこのゲーム後、スタンドに残った一部サポーターがクラブ代表が釈明を要求。同日、選手バスも取り囲まれる事態となった。レッズサポーターがクラブに対してここまでの意思表示を行ったのは00年のJ2時代以来。)

あの場面でサポーターが勝てないからと騒げば、おそらく監督は解任され、また新たな監督が来ていたかもしれない。おそらくその結果になれば、クラブはさらに迷走を続ける結果となっていただろう。サポーターはその辺りを一番冷静に見ていたと思う。さらに言及すれば、サポーター中心部は「フィンケ批判」に口を閉ざすのではなく、マスコミから発せられる「根拠ないフィンケ批判による結束の乱れ」を抑えることに集中していたと言える。そんなマスコミに対するアンチテーゼが、浦和フットボール通信刊行の大きなエネルギーにもなっていることを申し添えておく。

■サポーターの役割とは
長年クラブを応援し続けてきて縦軸でレッズを見てきたサポーターは、チームが作りあがるまでにかかる時間も過程も経験し、外国人監督が一年目から結果を出せる即効性がないことも理解しているはずだ。それはJ開幕からアジアの頂点に立つまでのクラブをサポーターは見てきたからだ。今の浦和レッズは、何もゼロから積み上げるクラブではない。浦和レッズが経験してきた歴史、経験をベースとして、更にそれを積み上げて、勝ち続けられるチーム作りをしなければいけない。クラブ、選手、サポーター、ホームタウンが、経験してきた歴史、経験を受け継いでいき、同じ方向に向かって進んでいくことが浦和レッズの幸せな形を作るはずだ。このことを誰か一人に任せてはいけない。”浦和レッズ”という共同体が決めた道に向かって進んでいくことが重要だ。それが過去の歴史を見て、浦和レッズの強さを作り上げた経験則のひとつである。(*3)

浦和フットボール通信Vol.24(*3 これらサポーティングの震源地のキャリアについては、『浦和フットボール通信』Vol.24号において、元URAWA-BOYSリーダー・相良純真氏が詳述している。)

2010シーズンとなる今年は、新監督の下にスタートさせた昨年とは違い、結果をある程度求めるシーズンにすべきである。「土台作り」をした昨年から、今年どのようなスパイスを入れて結果を出すチームになるのか、サポーターとして、しっかりとピッチを見つめて、クラブ、チームに提言をして、チームと共に戦っていくのもサポーターの役割のひとつである。

(第2校 了)

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