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「スポーツは日本の元気玉」 さいたま市のスポーツ都市としての可能性を探る。 池田純(さいたまスポーツコミッション会長)ロングインタビュー全文記事


東京五輪開催を翌年に控える中で、日本はスポーツブームの時代。大切なのは2020年以降の日本社会とスポーツの盛衰。地域活性化から社会課題の解決まで、スポーツが果たせる役割は大きい。スポーツの力をもっと活かさなくてはならない時代が2020年以降は日本各地域にやってくる。今年3月、さいたまスポーツコミッションの会長に就任し、横浜DeNAベイスターズも大変革した池田純氏に、さいたまのスポーツ都市の可能性、サッカーの街としての可能性を訊いた。

Interview & Text by 椛沢佑一(本誌編集長)
Photo by 橋立拓也(ラプター・フォトプレス)清水和良

池田 純 Jun Ikeda プロフィール
1976年横浜市生まれ。早稲田大学を卒業後、住友商事、博報堂等を経て独立し有限会社プラスJを設立、2011年、株式会社横浜DeNAベイスターズ初代社長に就任。2016年まで5年間社長をつとめ、観客動員117万人から197万人へ、横浜スタジアムの友好的TOBにより球団と球場の一体経営化を実現し、球団単体での売上が52億円から110億円超へ倍増し、黒字化を実現した。退任後はスポーツ庁参与やJリーグ特任理事、日本ラグビー協会特任理事、明治大学学長特任補佐等を務め、現在は、Jリーグアドバイザーの肩書き以外は、スポーツビジネス改革実践家として、これまでの経験を活かし大学スポーツや地域のアリーナを活かした「スポーツで地域創生」の日本の最先端モデルを構築するために自らが経営を担う立場に復帰。2019年3月から、さいたま市と連携してスポーツ政策を推進する一般社団法人さいたまスポーツコミッションの会長に就任した。
Twitter; ikejun Web; Plus-j.jp

さいたまスポーツコミッションとは?

さいたま市がこれまで毎年数億円の公金を投じて6年間実施してきた世界的にも有名なツール・ド・フランスのクリテリウム(都市型レース)の日本大会、「ツール・ド・フランスさいたまクリテリム」を今年からさいたま市から移管されて実施運営を担う。同時に、さいたま市とともに自転車の街づくりや文化づくりを企画運営し、その中から収益化の可能な領域の事業化も企図する。また、スポーツイベントの誘致と開催支援を通じて観光や交流人口の拡大を図り、 スポーツの振興と地域経済を活性化することを目的として、2018年12月に一般社団法人として設立。現在は数名の民間職員のみで、市から派遣された職員が大半だが、5年をめどに、大半を民間人材と民間思考で担うことを企図して組織化された、さいたま市が産み落とした“スポーツで街づくりと事業化”を担う会社組織。

サッカーを中心とした多様なスポーツの可能性を秘める

浦和フットボール通信(以下UF):今年3月にさいたまスポーツコミッションの会長に就任されましたが、横浜を中心に全国を見てきた池田氏が感じるさいたまのスポーツ都市としての可能性はどのように感じていますでしょうか。

池田:これだけの大都市にも関わらず、さいたま市はスポーツにおいてはまだ手付かずの状態だと考えています。際立ってサッカーの人気だけが突出している印象。多くの方々が浦和レッズが大好きな背景も理解しましたし、浦和の街中で飲んでいても会話の中に出てくるのは野球よりもサッカー、というのは日本全国様々な都市をスポーツ関連の仕事で訪れましたが、ある意味特殊な街だなと思いました。逆に言うとサッカー以外がない。さいたまの人は“東京に行ってしまう”と揶揄されるような表現もよく耳にしますが、逆に東京が近く色々な情報に触れられる環境が存在しています。それゆえに本来は、スポーツやエンターテイメントなどのリテラシーが高い市民性、土地柄だと考えられます。それにも関わらず、それらの中でアイコンやアイデンティティとなり得るものや、もっと目立つもの、もっと楽しいものというものがまだまだ少ない。

スポーツやエンターテイメントの領域においては特に、東京の影にさいたまが、誰からともなく追いやられて、特殊性や独自性の発展を敢えて抑えられている地域のような印象を感じてしまう。東京を追いつけ追い越せとばかりに、多様なスポーツやエンタメ文化を発展させてきた横浜と比較すると、首都圏では横浜の次はさいたまであるにもかかわらず、その差がものすごくよく分かります。県民性などの違いがあるにしても、さいたま市には130万人ものマーケットがあるので、サッカーは突出したアイデンティティとしてさらに発展を遂げるとともに、それ以外のスポーツやエンターテイメントやそれに伴う施設など、またまだ本来は「さいたまアイデンティティ」となるものがこの街に多様に発展していってもいい環境やマーケットが存在していると思っています。

UF:埼玉県民は地域への愛着が薄いと言われたりもしていますが、映画「翔んで埼玉」が埼玉を中心に大ヒットするなども良い例ですが、地域への想いは確実にあると思います。

池田:日本全国どんな地域でも、地元に対する愛着は必ずあると思います。横浜でも「3日住めばハマっ子」という言葉がありますが、実際は3日過ぎでも全然認めてくれない市民性や地域愛が、実はその土地で生活する人々の心の奥深くに共通するものがあることをベイスターズの仕事を通して実感させられましたし、さいたまの場合、これまであまりに東京に文化圏が近いというか、色を出さないできたために、切り出して人物像とか市民像というものが語られてないだけであって、(実は横浜の人も根の奥深くでは“横浜はこういうものだ”と深く思っている魂みたいな言葉で簡単には言い表せないものがある。さいたまの人は横浜の人ほど我が強くないのかもしれないですが。)共通した意識とか、地域愛いうものは心のどこかに必ず持っていると思います。それが集約されているのが、浦和レッズでもあるのではないでしょうか。さいたまの人たちの魂の結集のカタチとして「レッズの浦和」「浦和はレッズ」を超えて「さいたまの魂」のようにまで、一つのアイデンティティとして突出してきたのだと思います。

レッズ、アルディージャの頑張りが、サッカーだけではなくスポーツにも刺激を与える

UF:サッカーの街・さいたまの側面からみた、さいたま市の可能性はどのように感じますでしょうか。市内には、浦和レッズ、大宮アルディージャが存在しており、歴史的にも、サッカーの街さいたまという歴史、地域資産があります。

池田:私はもともと野球界で仕事をしていた人間ですが、Jリーグの特任理事も務めましたし、Jの複数クラブの社長のオファーも以前いただいたこともあり、それも含めてJリーグのクラブ経営に関与していたこともあります。今はJリーグのアドバイザーを務めさせて頂いている中で、客観的に見ていて、さいたまとファンとサッカー界のためという視点で正直に申し上げさせて頂けるならば、部外者が勝手に言うとお叱りを頂くかもしれませんが、レッズはもっと頑張らないといけないと思いますし、アルディージャももっともっと頑張らないといけないと思います。

レッズは本来Jリーグの中で圧倒的No.1であり続けなくてはならない存在と歴史のクラブですし、アルディージャはレッズをパリ・サンジェルマンと例えるとマルセイユのような、対局感のある個性の際立つ存在になれるクラブだと個人的には思います。その二つの要素がもっと強く成長するだけで、さいたまは「日本一のサッカーの街」として更に発展することができる。なんとなく今は、鹿島の“メルカリアントラーズ”や神戸の“楽天ヴィッセル”の勢いや経営のほうが、元気がある感が、サッカー界を超えて日本中に広まってしまっている。サッカーの街として、鹿島や神戸といった地域がより元気になっていくことでしょう。

さいたまは、この2つのクラブが頑張ってさいたまのサッカー熱がさらに上がれば、ファンを超えてさいたまの地域全体がより盛り上がって、さいたまのサッカー熱が勢いを増して、日本全国や日本中のサッカーファンの憧れの地域に発展し続けると思います。レッズがJリーグの中でNo.1として突出するととともに、浦和レッズと大宮アルディージャが良い意味でもっともっとライバル関係が出てくると、それはさいたまと日本のサッカーにとっても素晴らしく良いことに違いないと私は思います。

一方で、その二つの要素を元にさいたまのサッカーがより一層盛り上がってくれば、サッカーの街としてより一層発展するとともに、その裏で、スポーツブームの時代だからこそ、サッカーが牽引するかのごとく、さいたまにより一層様々なスポーツ文化が出来てくるはずです。サッカーに触発されてスポーツ文化が多様に育まれる。そうなってくれば逆にサッカー自体も刺激を与えられるので、相乗効果で、「さいたまのスポーツ」がさらに盛り上がると思います。物事は一辺倒では刺激が少ないのです。もっともっと多様な刺激が発展を促すのです。サッカーでも、スポーツでも多様な刺激が地域を元気にするのです。この街はもっともっと多様な刺激があったら、さいたまで生活している多くの方々の毎日が楽しくて、豊かで、幸せになるのにと思います。

ローカルスポーツの拠点の重要性

UF:さいたま市には、埼玉スタジアム、さいたまスーパーアリーナの大規模施設なども点在しています。

池田:埼玉スタジアムは少し街から遠いですが、既にアイコン的な場所になっているので、それはそれで素晴らしいと思います。スーパーアリーナは立地条件もいいですし、施設としても名前の通りスーパーだと思います。それにそぐうだけの施設だと思います。ただ非常に大きな施設ですので、そこで行われるものは大規模なコンテンツに限られますし、全国規模、関東圏全域から集まってくるような“ナショナルコンテンツ”にならざるをえませんので、ローカルスポーツの集約点の場所という意味では違うのかなと思います。ローカルスポーツで、3万6千人のアリーナを埋めるのは至難の技です。さいたまで生活する方々が、スポーツをきっかけに集う、さいたまのスポーツを新たに“観にくる癖”が生まれるきっかけとなる場所、身近で馴染みの深い“ローカルアイデンティ・地域のアイコン“にはなりにくい。

UF:サッカーは、浦和レッズ、大宮アルディージャ。女子フットサルに、さいたまサイコロ。野球は、埼玉西武ライオンズ、埼玉アストライア、卓球はTT彩玉、バスケは埼玉ブロンコスなど、スポーツチームがそれぞれ存在をしていますが、まだまだサッカーだけの色は強いかと思います。

池田:130万人もの大都市の中で、なぜBリーグが盛り上がっていないんだろうというのが不思議なぐらいで、神奈川や千葉では、Bリーグがもっとファンが多く、多くの方々がアリーナに観戦に集まっています。バスケットボール一つを考えてみるだけでも、もっと地域の人たちが集うようなスポーツのランドマークみたいなものがあっても良い。さいたまスーパーアリーナはナショナルコンテンツの象徴であるので、さいたまのローカルスポーツチームのホームにはなり難い。個人的には、むやみに箱物(ハコモノ)を作る時代ではないですし、地域間格差もあるのでハコモノ建設を一様に唱えるのは好きではないのですが、さいたまには、この大都市マーケットの中でまだサッカーしかないイメージが強すぎることも、余地の裏返しであり、もっと多様なスポーツやエンターテインメントなどのコンテンツを生み出していくための“装置・ハード”、具体的には、さいたまスーパーアリーナよりもう少し小規模の、さいたまの人たちがスポーツをきっかけに集う、ローカルスポーツ拠点のアリーナなどがあっても良いと考えるのは自然のことだと思います。

楽しいことを発信することが本当の地域密着に繋がる

楽しいことを発信することが本当の地域密着に繋がる

UF:5年間でベイスターズを大改革した実体験を基に「地域に根差し、地域のアイコンとなること」という言葉も書籍で残されていますが、スポーツチームが盛り上がる、輝きを放つために必要な第一条件はなんだと考えますか。

池田:単純ですが、“楽しいこと”“楽しいんだということ”。それらをもっともっと創造し、発信し、地域の共感と感動を得ることではないでしょうか?「楽しいところに人が集まる」のが世の常であり、持続力のあるスポーツビジネス成功の秘訣です。とかくJリーグは降格制度があるので、経営者の人たちも勝ち負けの話に偏ってしまう人が多い印象がありますが、極論それは間違っていると思います。勝ち負けは選手や監督が四六時中考えれば良いことで、経営陣は本来は大方の時間を楽しい場所作りや楽しい雰囲気作りを考える時間にあてるべきだと思います。経営者の仕事は競技ではなく、経営なのですから。それでお金を生み出し、チームづくりに還元させていくのが経営の仕事です。そのためにも、いかに地域の多くの生活者と心を通わせるか否かがスポーツビジネスの経営の肝です。

例えばレッズで言えば、埼玉スタジアムはもっともっと楽しくできると思いました。先日、イニエスタが出場しなった神戸戦の時に視察にうかがわせていただいて随所で感じましたが、ピッチの中は神聖かもしれないですが、ビジョンの使い方や音楽の使い方であったり、スタジアムの周辺でも遊べる場所をもっと作ったり、横浜スタジアムと比較しても、もっともっと様々な工夫の余地があるように私にはうつりました。当然勝ち負けも大切ですが、あとは地域を焚きつけるようなことをもっともっとたくさんやる。サッカーファンを超えて、地域の生活者があまねく、それで地域が楽しくなったとか、かっこいいなとか、地域が元気になったと感じるようなことをやり、それを伝えるニュース(新しい挑戦)をたくさん作る。そうすると、地域にもっともっと楽しい雰囲気が出てきて、既存のレッズファンを超えて地域全体に興味関心と応援の空気が生まれはじめて、今までスタジアムに行ったことがない人や、しばらく遠ざかっていた人も見に行ってみようという気になってくれる。勝ち負けなんか関係ないのです。

私自身がベイスターズで社長をやっていた時も当初、球団内は「球場で野球を見せてやる」という上から目線の感覚が強かったのですが、私はそうではなくて球場のコンクリの壁をぶっ壊そうという前提で、外から全部中が見えるぐらい自分達から街に出ていって、自分たちからオープンになっていかないといけないと常々考えてきました。どうやって自らが街の中に出ていって、地域とシンクロさせていくか、そのためには「オープン」「透明」「開く」が大きなキーワード。昔はコンサートでもYouTubeでは一切配信禁止でしたが、今の時代はどんどんSNSで発信してもらい情報を広げていくことが良いとされている。オープンにしていく時代だと思います。

そのためには、自分たち自身がまずオープンなマインドにならないといけない。そのうえで、地域のサッカー文化、ファンの気持ちを司る立場にあるプロスポーツクラブのリーダーがしっかりとビジョンを示して、自分たちのブランドを最大活用して、地域のまちづくりにまでコミットする、サッカーをきっかけに多様な楽しくてかっこいい文化を地域に新たに創り出すんだ!という姿勢が必要なんです。勝ち負け偏重の経営のベクトルに加えて、地域を楽しませる、地域を焚きつける経営のベクトルを加えることが、結果、みんなを幸せにするのです。

UF:当時ベイスターズでは様々な仕掛けが話題になり、その盛り上がりが伝えられていましたが、具体的に教えて頂けますでしょうか。

池田:例えば私がベイスターズでやったことはクラフトビールの文化に参入していって、「ベイスターズラガー」や「ベイスターズエール」を開発して、それらのベイスターズのビールを横浜の街中で宣伝広告して、街中の人が楽しめる横浜のクラフトビールのビジネスのベクトルで地域を楽しませたたり、かっこいいグッズを作るためBEAMS(ビームス)と組んでファッションの分野のベクトルを経営に加えたり、アメリカブルックリンのビースティーボーイズやファレルウィリアムスも出資していたBMXの自転車の会社と提携してベイスターズのかっこいい自転車をつくったり、スタジアムの周りで面白いイベントを行いイベント分野でも、野球ファンを超えて、地域の多くの人々がベイスターズをきっかけに楽しめる文化を多様につくっていきました。

野球の会社なのに色々なことができる。野球の会社なのに、野球の周辺にある仕事ばかりに時間を使っていたわけです。それらが地域の多様な趣味趣向を持つ方々との「接点」になっていくのです。そして、地域の人をもっと楽しませ、地域をもっともっと焚きつけることにつながっていくのです。そうして地域の人とファンの人に評価された結果として収益があがり、それをチームの強化に投資していくことができたわけです。

サッカーの周りにある市民との接点を多く作って、もっと楽しませることをやれば地域が焚きついていくので、サッカーファンだけではない本当の地域密着が始まると思います。日本のプロスポーツチームの多くがまだまだ地域密着という言葉の理解が浅いのはその“競技の普及活動をやることが地域密着”だと思っていること。それは「当たり前のこと」で、そうではなくて、例えば浦和レッズであれば、もっとサッカーの周りにあるもので地域を楽しませられるかどうかだと思います。

そういう事を多様にやっていくともっと「日本一のサッカーの街」になるのではないでしょうか。そして、もっともっと地域密着が進みファンが格段に増えるのです。そうしてもっともっと利益があがり、100億円超えの日本初のサッカークラブなどになって、とんでもない強さも手にしていくことにつながるのかもしれません。そういった、地域をスポーツをきっかけに楽しませる文化がもっともっと広まれば、それがサッカーだけではなくて様々なスポーツで起こってくると、さいたまがもっともっと元気になって、楽しくなって、先進的スポーツ都市に発展していく契機になって良いと思います。

さいたまスポーツシューレ構想

UF:さいたまスポーツシューレ事業共同発表では、浦和レッズ、大宮アルディージャなどの市内のJリーグクラブや埼玉大学、NTTデータなどの教育機関や企業が参画すると発表されました。この事業のイメージとはどのようなものでしょうか?

池田:その発表の際は、私はまだ就任してすぐだったので、具体的なことはあまり分かっていなかったのが正直な所ではあるのですが、もっと戦略的にやらないといけないと思います。補助金を出して色々なイベントを呼ぶというのが旧来からのスタイルですので、何人呼べたとかが効果測定の指標で、あまり収益のことを考えないで良かったと思うのですが、これからは人口減少の時代、税金も減る中で補助金も出せなくなってくることも予測されますので、本来は自分たちできちんと収益をあげる、最低限トントンにできることが大切だと思います。

さいたまには、ホテルもたくさんありますし、飲食店もありますし、スポーツチームもあるのでスポーツをやる施設も各所にある。当初発表していたとおり、そういうものを繋げるネットワーク型で様々なスポーツ大会などを誘致開催する形で良いと思いますが、どういう大会、イベントをやればどういう人が県外から来てくれて、さいたまの経済効果が上がるのかということもマーケティングを軸に考えながらやっていかなければいけない時代に突入していると思います。マーケティングの基本はターゲットです。まずはターゲットをしっかりしていけば形になりはじめていくと思います。

UF:具体的にはどのようなアイディアがありますでしょうか。

池田:私が完全な民間企業思考でやるのであれば全部一気に変えてしまいますがそれをやると公益的なこれまでの流れを一刀両断することになってしまうので出来ませんし、やりません。たとえば、これまでのマーケティングデータの中で発見したのですが、50代から60代のおばさまがどこかよその地域に行くと、家族や近所のためにお土産を買ったり、観光をしたり、お財布の紐が大きくゆるくなる傾向が多いと知りました。そして家族への投資も自分への投資もする。そういう方は健康寿命を伸ばすことに興味関心も高く、色々なスポーツをやる傾向も高いこともわかりました。人とのつながりを老後も保有するためにはコミュニティに参加しなくてはなりません。なにがしかのコミュニティに参加するためにもスポーツ型のコミュニティ参加の加速度がついている時代背景もあります。

色々なスポーツの草大会の全国大会などがさいたまで開催されて、それも主に50代から60代の女性がやっているスポーツの大会を誘致すれば、そういう方が全国から来るようになり、有名なお土産を作ったり全国的に有名にすれば、そのお土産を買ってくれると思います。今はディズニーランドやスカイツリーを見に県外に行ってしまうけれども、もっとさいたまの全国的に有名で、流行で、興味ある美味しいお土産をつくったり発信したり、さいたまのもっと面白い場所を作って発信すれば、さいたまにお金を落として帰ってくれる。何人呼べただけの効果指標ではなく、さいたま経済圏でいくら落としてくれたかの効果指標で、地域も潤いに加速度が生まれる。マーケティングに基づき、ターゲッティング、その先の戦略。そういう大会を戦略的に誘致していくことになればネットワーク型のシューレというものが、これからの時代に持続力のある健全運営と収益で成り立っていくと思います。

「ツール・ド・フランス さいたまクリテリウム」で街を盛り上げるためには?

4 November 2018
6th Saitama Criterium
VALVERDE Alejandro (ESP) Movistar
ARASHIRO Yukiya (JPN) Bahrain – Merida
THOMAS Geraint (GBR) Sky
Photo : Yuzuru SUNADA

「ツール・ド・フランス さいたまクリテリウム」を有効活用して街を盛り上げる

UF:今後さいたまスポーツコミッションとして、どのようにスポーツで街を盛り上げていくことが可能だと考えますか。

池田:「ツール・ド・フランス さいたまクリテリウム」を今年から我々が主催をしていますが、今年は移行の年。来年から大きく変えられるかどうかが勝負。すでに6年、さいたま市が運営してきましたし、公金も投入してきたと聞いています。このイベント単体で思考を完了させてはもったいなくて仕方がない。私はスポーツビジネスのプロですが、この一つの自転車のトップレースだけでは収益性には限界がある。もっともっと、このトップレースを有効活用して、行政と連携し、行政の資源を投下してもらって自転車文化と街づくりを推し進め、自転車事業全体を拡大し、収益性ある事業をも開発し、「自転車事業全体」としての収益性と健全経営化につなげていかないことには、さいたま市からスポーツコミッションに移管した効果の創出がどうにもならないと、実際に中身を見て知って、感じています。

さいたま市が、民間思考で、本当に「自転車先進都市」にできるか否か。スポーツ先進都市の前に、スポーツの中の一つの自転車を最大有効活用できるかどうか。さいたま市のそことがっちり連携して、さいたまスポーツコミッションが自転車領域の文化づくりと事業づくりの大きな領域を担わせてもらえるかどうか。今は「自転車文化」の三角形の頂点としてこのトップレースがあるだけのような感じなので、その三角形を、トップレース、それに伴うレースの拡大発展、草大会、子供や市民の遊べる自転車パークや輪行パークなどなど、365日の自転車文化づくりと街づくりで、埋めていかないといけない。

例えば、さいたま新都心の街中にBMXやスケボーで遊べるパークを作り、それを運営していくとか、新都心の周りを土日に道路封鎖をして、子供達がぐるぐる回れるような場所を作り、そのネーミングライツを販売するとか「接点」を多様化させていくことで「文化」が広まっていく。さいたまで生活する老若男女の多くの方々が何がしかの形で自転車に馴染んでいけば、そのうちに河川敷などで自転車のレースやBMXの大会なども多様に展開されて、「さいたまクリテリウム」開催前にさいたまのキッズのための自転車レースを開催するなどして、「さいたまの自転車文化」全体に発展させていけば、そこにスポンサードを拡大させていくことも可能になっていくはずです。

現状は1日だけ大会を運営するだけなので、ほぼ完全に限定されたマーケットでのスポンサー頼みの状況にあります。スポーツは4種の神器が必要だと言われていて「スポンサー収入」、「放映権」、「グッズ・飲食収入」、「チケット収入」の4つと言われています。スポンサー収入だけに頼っているという構造は、いつか必ず経営が成り立たなくなってしまいます。スポンサー収入はスポンサーの状況で変わるもので、自分たちでコントロールできることには限界があるからです。自分たちでコントロールできる事業や収益領域を拡大させていくことが大切なのが、スポーツビジネスの根幹です。さらには、自転車文化や街づくりをとおして生活者の自転車との接点を拡大し、他の収入を増やすためにも365日自転車で遊べるような場所や文化を作っていけばより一層スポンサー収入も増えますし、グッズなども多様に作れるようになって収益も上がってくると思います。スポーツ先進都市の第一歩としての自転車の都市づくりを成功させるために、さいたま市が、私を含めたさいたまスポーツコミッションの力を最大活用できるかどうかにかかっています。

UF:様々なスポーツを楽しめる空間があると、「見る」だけではなく「やる」ということでの盛り上がりも出来てきますね。

池田:そういう意味でも、まだまだ可能性の秘めた、さいたま新都心も発展途上の街なのでしょうね。まだ街が完成形に近いとは世の中にもうつらない、可能性を多様に秘めた街なのでしょうね。買い物や映画だけでなく、様々なエンターテイメントを含めて、多様な領域がこの街で完結する、すごく楽しい街という感じにもっともっと発展の余地がある。その大きな一歩として、もう少しスポーツ(スポーツが楽しめる場所であれば、他のエンターテイメントも楽しめる場所に必然的になる)を楽しめる空間や雰囲気が新都心に生まれ始めても良いと思います。例えばバスケットゴールが点在していて、そこで遊べるような場所ができれば、ショッピングをしているお母さんに対して、待っているお父さんと子供が遊べたりする。プロバスケットの文化にまで三角形が埋まっていく可能性も秘めています。オリンピックを契機にBMXやスケボーも非常に人気になってきているので、さいたまの人たちが子供の頃から気軽に遊べるようなパークがあっても良いでしょう。

ツール・ド・フランスさいたまクリテリウムを三角形の頂点に、自転車やアーバンスポーツの三角形もうまっていく可能性も秘めています。さらにはさいたまですから当然そこにフットサルやサッカーがあっても良いと思います。4面全部が囲ってあって、どこに蹴ってもボールが跳ね返ってくる、それを利用して遊べるような、思いっきりサッカーボールを蹴れる場所が新都心にあったらみんな子どもはボールを蹴りたがるのではないでしょうか。人口も増えている街なので、色々なスポーツを子供の頃から慣れ親しんでいけるようになれば、みんな外で遊ぶようになるでしょうし、その中から色々な競技のオリンピック選手が出てくるかもしれない。まずはもっと気軽に遊べる場所がスポーツきっかけにできてくると「スポーツ都市づくり」には有効だと思います。

さいたまスポーツブランド都市化計画とは?

心を一つにみんなで目指せ!さいたまスポーツブランド都市化計画

UF:さいたまスポーツコミッションとして具体的に考えている今後の展開について教えてください。

池田:まだ私は着任したばかりで、働いている人は市からの出向の人ばかりなので、まずは組織が民間の思考や人材にどんどん変わっていき、守りから攻めに転じていかないといけないと思います。さいたま市、行政サイドのスポーツや自転車、それに伴う文化や収益づくりのための意識の底上げももっと必要です。その先に、さいたま市とさいたま市が産み落としたスポーツの会社であるさいたまスポーツコミッション、それらに関わるすべてのみんなが共有すべき「さいたまスポーツブランド都市化計画(案)」という大きなビジョンがあります。これはスポーツ先進都市としての大きな設計図です。それらをひろくさいたまの生活者に発信していき、市民に共感を生んでもらう必要があります。

設計図はすでに私の頭の中にあります。さいたま市や市長にも、少しづつ切り出しながら提言をし続けています。すべてをまとめていきなり話しても、今のままでは実現しないですし、片手落ちで部分的にだけ実現しても意味が薄らいでしまいます。私が考えていることをやるのではなく、関係するみんなで設計図を完成させていかなくてはなりません。

まずは、せっかく6年もさいたま市がツール・ド・フランスさいたまクリテリウムを実施してきたので、自転車文化を拡大させるために、さいたまクリテリウムのレース自体の拡大とともに、それだけではなくてパークを含めたアーバンスポーツ、スケボーなど色々な遊び場を作っていくこともさいたまの生活者やキッズのためにはのぞましいことだと思いますし、スポーツ都市ですので、地域密着型のローカルスポーツの拠点であるアリーナがもう1つ出来て、サッカーだけではない多様なスポーツがもっとプロチームも含めて三角形がさいたまの生活者で充足できるように発展していくことも望ましいと思います。

文化的な側面でもスポーツ図書館やスポーツ漫画図書館ができ、そこにカフェも併設されていて、さらにそれがアリーナの中にありそのままプロスポーツが見られるとか。スポーツブランド都市なのでスポーツ映画祭をやるとか、自転車の街になっていくのであれば BMXの草大会やRed Bullの大会を河川敷でやれたら面白い。そういったファッションに近いアーバンスポーツに関連するエッジのきいたお店ももっと増えていくとファッションや、あらたな層の人口流入や訪問にまでつながっていく。そして、様々なスポーツイベントが広がっていってそれを事業にできていければ良いというのが今後の設計図のごく断片的な一部です。

UF:その計画が実現するために必要なこととはなんでしょうか。

池田:さいたま市とさいたまスポーツコミッション、さいたまのスポーツ文化の発展と街づくりに関わるみんなの理解の底上げと、その中での行政との連携の成就と、しっかりと「経営」ができるための武器づくりです。関わるみなさんの意識改革が進み、その中で仮にアリーナが出来れば、色々なエンターテインメントを呼べますし、そこに本当の市民クラブのプロスポーツチームを作っても良いと思います。

私は経営をする人なので、経営するためには資金ないし“武器”が必要です。アリーナは一つの大きな経営の武器にもなるでしょう。私は魔法使いではありません。経営には武器が必要なのです。さいたまスポーツコミッションの経営のためにも、さいたまスポーツコミッションがその“武器”を持てるかどうかが大きなスタートを切れるかどうかというところに関わってきます。市長も公約として、スポーツの総合型新施設を造るということを掲げているとうかがっていますので、スポーツビジネスの理解が深い誰かがしっかりとビジョンを作って声に出していかないと具体的な話は進まないと思います。

新しいアリーナが本当にできるかどうかは、私自身がコントロールできることは限られていますので、私にはわかりません。ただ、誰かがビジョンや構想を具体的な声にしないと検討すらきちんと進まない。さいたまスポーツコミッションとしては組織自体が100%の民間ではなくて、さいたま市が産み落とした会社なので、行政の力を最大有効活用させてもらうべき立場にあって、それが強みでもあるべきです。その行政の資源をどうやって有効活用させてもらえるか、その上でさいたまスポーツコミッションの経営のために、アリーナをはじめとする武器を与えてもらう。一緒に作れないとさいたまのスポーツブランド都市という計画は、設計図だけでその先具体的に推進させることに限界が生じてしまうことになってしまいます。人口減少の時代、行政や補助金だけでは限界がある時代が目先にすぐにやってくるのです。これからはいつも、行政としっかりと連携したうえで、民間の思考で、「経営」がきちんと成り立つ状況を作らなくてはならないのです。さいたまスポーツコミッションはそのために生まれ、その役割をきちんと担える「武器」と「環境」をまずは行政と連携して作らなくてはこの先の「先進的スポーツブランド都市」にはなっていかないと私は考えています。

スポーツは日本の元気玉になる

UF:東京五輪を翌年に控える中で、これからの時代にスポーツで街を活性化させる意味、意義をどのように感じていますか。また、さいたまスポーツコミッションが目指すスポーツ都市とは、どのようなイメージになってくるのでしょうか。

池田:人口も減少していくこれからの日本にスポーツ以上に日本中が馴染みあり、共感を得やすく、成功事例を横展開可能な「元気玉」がありますでしょうか? 社会課題に対してどうやって世の中の共感を集めるかということが、私のマーケティングの極意です。例えば、少子化問題があり、高齢化社会になり、働き方改革で仕事外の地域で過ごす時間が増え、給料が減る。そうなると地域で過ごす時間が今以上に格段に大切になる時代がすぐにやってくる。医療費も減らさなきゃいけない。そんな状況の中で長生きが進むようになると、もっと地域で何がしかのコミュニティに属していないといけなくなります。どれだけのコミュニティに属しているかによって躁鬱病になるリスクも変わってくるとも言われている。そう考えるとそこに対して広く万能薬的に解決できるのはスポーツだと思います。

今まではプロチームを地域に引っ張ってくることが、地域活性化だと考えられていたと思うのですが、今多くの地域でプロスポーツチームの経営にすら、四苦八苦している。プロスポーツチームを引っ張ってくる時代は終わった。そうではなくて地域の人たちがゆるくスポーツをするような文化がひろまっていくほうが、スポーツを活用した地域活性化の有効策であり、時代は先に進むべきだと私は考えています。そうなると地域が元気になって社会課題が解決されてくる。

子供達も今は野球をやるとなると、土日は毎日来いとか一生懸命さが足りないから走れとか言われる環境で、それではやらないですよね。来たい時に来て良い。上手い下手に関係なく試合にも全員が出られるとか、その方が楽しそうと思うでしょう。そういうことに地域のプロスポーツチームも関わってくれれば良いなと思いますし、多様なスポーツをゆるくできるようになってくると地域の社会課題が解決されてきて、みんなが元気になる元気玉としての有効活用に拍車がかかると思います。

そんなスポーツで街を楽しませ、豊かにし、みんなを幸せにすることができる都市、そうした先進事例に、日本中で横展開されるようなモデルにさいたま市がなれたら良いと思います。そういった「みんながゆるくスポーツをやる」三角形の底辺をしっかりと整えて、同時に三角形の頂点であるプロやトップのスポーツ文化が多様に広まっていけば、さいたまはサッカーの街であるとともに、スポーツ先進都市として、さいたまの景色が変わっていくでしょう。

130万人都市で、まだまだ余地が多いのがさいたま。行政との連携の成就が鍵。私だけでコントロールできることは限られているので成功するかしないかは私にもまったく未知数です。日本の「スポーツを活用した地域活性化」の先進的事例に、日本中の地域のみんながあとを追ってくれるような地域になれれば、さいたまで生活する人々ももっともっと楽しく豊かで幸せになると思っています。

(2019年8月 さいたま市にて)

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