浦和フットボール通信

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【レッズはなぜ優勝できたのか/清水英斗】浦和における『ミシャサッカー』は、完成に近づいている(2015/6/30)

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サイド攻撃とカウンターは、浦和のゲームコントロール能力を大きく向上させた

南アフリカワールドカップで日本代表を率いた岡田武史は、チームづくりの過程を、『ジレンマの連続』と表現したことがある。

「パスをつなごうとするとゴール前の迫力がなくなる。ゴールに向かおうとすると、縦ばかりになってつながらない。あるいは両方を失い、チームが崩れることもある。その振れ幅を小さくすることが大事。チームは必ずしも右肩上がりにはならない。チームづくりの上で、ジレンマは必ずある」

ジレンマ。それは、ミハイロ・ペトロヴィッチ率いる浦和レッズにも存在した。今季のファーストステージ優勝を決めた17節までの戦績について、過去3シーズンを振り返ってみよう。

2015シーズン:16試合11勝5分け   34得点15失点 勝ち点38
2014シーズン:16試合11勝2分け3敗 22得点9失点 勝ち点35
2013シーズン:16試合9勝4分け3敗  32得点20失点 勝ち点31

得点力はあるが、失点も多かった2013。逆に、失点を減らしたが、得点も落ち込んだ2014。あっちを立てれば、こっちが立たず。ジレンマを体現した2年間だが、それらに比べると、2015は得点が伸びた割に、失点も抑えられていることがわかる。

今季の浦和は、理想的な攻守のバランスを見出す戦い方を、ついに発見した。それが好調の要因だ。

特に重要なラストピースは、サイド攻撃とカウンターである。

スタートダッシュに成功したのは昨季も同じだが、中ごろ以降は、危険な兆候が出始めた。そのポイントは2つ。サイド攻撃から点を取れないこと、カウンターから追加点を取れないことだった。

対戦相手が、「外からクロスを入れられる分にはOK」と開き直り、中央を密にした守備ブロックを作ってくると、浦和はこう着状態に陥った。

警戒されている中央へ縦パスを打ち込むのは、ただでさえリスクが大きい上に、浦和の場合は、攻撃時に中盤を1枚にするため、中央で奪われてカウンターを食らうリスクがさらに増大する。自動的なコンビネーションで、シンプルに裏のスペースを狙えばリスクは少ないが、その攻撃パターンは、少なくとも二回り目のチームには読まれていた。

こう着してしまった試合状況で、リスクを抑えつつ攻め込むには、どうしてもサイド攻撃が欠かせない。しかし、そのクオリティーが浦和には欠けていた。

2015年はキャンプの時点からサイド攻撃を重点的にトレーニングし、クロスに対するニア、ファーへの入り方が整理された。右サイドは関根貴大の突破力、そして宇賀神友弥と武藤雄樹が連係する左サイドは、どちらも相手に脅威を与えている。サイドから押し込んだ後であれば、仮にボールを奪われても、角度を限定してカウンタープレスをかけやすい。

そして、柏木陽介をボランチで固定し、中央の1トップ2シャドーに3枚のアタッカーを配したことも、サイド攻撃の改善を促した。

柏木がシャドーポジションに入るケースに比べれば、中央突破の意外性は少ないが、クロスに対して3枚のアタッカーを準備できるのは大きい。その上、関根、宇賀神の両翼も飛び込んでくる。サイド攻撃の破壊力は大きく増した。

さらに、この柏木を下げてアタッカーを3枚使う布陣は、もうひとつの問題であるカウンターの攻撃力も解決した。

ズラタンや武藤、梅崎らは、縦のスペースを突く推進力を備えている。これは浦和がリードした状況など、相手が攻勢に出るタイミングで、重要なファクターだ。仮にカウンターが成功しなくても、彼らは相手を守備に押し下げる働きを果たすことができる。

こう着した状況、あるいは悪い時間帯で頼りになる武器。サイド攻撃とカウンターは、浦和のゲームコントロール能力を大きく向上させた。

昨季の前半も好調ではあったが、しかし、攻守のバランスについては、今季のほうが遥かに上だ。ジレンマはかつてないほど、小さくなった。浦和における『ミシャサッカー』は、完成に近づいている。

必要なのは、不変のメンタル。勝っても負けても、揺れないメンタル

もしも、最後の新潟戦に勝利して、浦和はファーストステージで41の勝ち点を挙げた。仮にそのペースでセカンドステージも進んだ場合、なんと勝ち点は、年間で82!60を越えた辺りで優勝が決まっているJリーグとしては、全くお目にかかれないレベルの数字だ。

完成したミシャサッカーは、この前人未踏の領域にたどり着くことができるのか、楽しみだ。

だが、こんなことを書けば、シニカルな浦和サポーターからは「浮かれるな」「楽観的すぎる」「17節くらいで何を言っている」「ここからがウチの課題だ」と怒られそうだ。

それはもっともだが、しかし、その生真面目すぎるプレッシャーは、終盤戦のブレーキになる。つまり、シーズン終盤の勝負弱さを生むのではないか。それが筆者の見解だ。

今季9節、宿敵であるガンバ大阪に1-0の勝利を収めたとき、対戦相手の丹羽大輝はこんなことを言っていた。

「最近、負ける感覚を忘れてましたけど、そういえば、まあ、負けるってこんな感じやったなって」

暖簾に腕押し、というか、マイペースというか、その“あっけらかん”とした態度は、逆にこちらが拍子抜けするほどだった。しかし、この雰囲気は、遠藤保仁をはじめとするガンバ大阪の選手に、共通して感じられるものだ。

浦和も同じようになれ、とは思わない。だが、昨季終盤のように、プレッシャーの重さから、蛇に睨まれた蛙のように、一歩も動けなくなった浦和の試合を見るのは辛い。頂点にいることに戸惑っているような、そんな印象さえ受けた。

必要なのは、不変のメンタル。勝っても負けても、揺れないメンタル。あのプレッシャーの空気感を打破できなければ、今年も、欲しいタイトルにはたどり着けない。

その点で、注目しているのは武藤雄樹だ。

明るく、ハキハキとし、いつもポジティブ。しかも腰は低く、相手を慮る気持ちをしっかり持っている。英語はあまり得意ではないようだが。

彼と話していると、太陽のようなイメージがわく。かつて槙野や森脇が加入したときも、チームが明るくなった印象を受けたが、武藤はそれ以上に、いつも分け隔てないというか、安定感のある太陽のようだ。あの底ナシの明るさが、重いプレッシャーがのしかかる終盤に効いてくるのではと、期待している。

そして『浦和の太陽』といえば、本来は柏木かもしれないが、逆に今季の彼からは、『月』のようなイメージを受ける。

厳しいマークを受けず、一歩引いたところから、チームを動かす。もともとゲームビジョンを備えた稀有なプレーヤーだ。自分を太陽と思わず、月と自覚しているかのようなプレーぶりは、ミシャサッカーと共に、柏木自身も、理想の方向に進んでいるように思える。

2015年、すべてのジレンマが、スッキリ解消されることを願う。セカンドステージを楽しみにしている。

清水英斗プロフィール

1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』、『サッカー観戦力が高まる~試合が100倍面白くなる100の視点』など。

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