「ブンデスリーガに学ぶ」~なぜブンデスリーガは熱狂に包まれるのか~ 瀬田元吾さん(フォルトゥナ・デュッセルドルフ日本デスク)
一般社団法人「Jリーグの理念を実現する市民の会」が主催する講演会「ブンデスリーガに学ぶ」~なぜブンデスリーガは熱狂に包まれるのか~が、浦和で開催をされた。ドイツのクラブで仕事をする瀬田さんが見るブンデスリーガ、ドイツのフットボールクラブの現状とは。
ブンデスリーガのクラブは、フェライン(協会)が主軸となっている
講師を務めた、瀬田元吾さんは、そのフォルトゥナ・デュッセルドルフのフロント(日本デスク)としてブンデスリーガで活躍する唯一の日本人だ。1年半、メディアにビブスを着せるという下働きを経験した後、サッカースクール、ホームタウン活動、強化の仕事を歴任してきた。その瀬田さんは、ブンデスリーガのフロントでの経験を下に、日本とドイツを繋ぐ架け橋的存在になりたいと、帰国をした際は様々な活動を行っているという。
瀬田さんが所属する、フォルトゥナ・デュッセルドルフは、ドイツ、ノルトライン=ヴェストファーレン州デュッセルドルフを本拠地とするクラブ。1895年。1980年代、ドイツカップ連覇、リーグでも好成績を残して、ドイツ代表も所属していた古豪。1990年代は、1部2部を行き来して、アマチュアリーグの4部リーグにまで降格してしますが、2000-10シーズンに2部に昇格し、2012-13シーズンはブンデスリーガ1部に復帰。しかし一年で降格となり、現在は、ブンデスリーガ2部に所属している。
フォルトゥナ・デュッセルドルフは「フェライン」と呼ばれる、クラブ会員に2万4千人が登録。これは、ファンクラブとは違い、クラブの中にある会員組織となっており、年会費を払い、それによってクラブのファミリーとなり、アイデンティティを得る。クラブに意見する機会もあり、バルセロナのようなソシオ制度に近いところもあり、会長がフェラインによって更迭されるようなこともある。同じ志を持ったものが集まって一つのコミュニティをつくるものがフェラインとなっている。デュッセルドルフの正式名称は『Düsseldorfer Turn- und Sportverein Fortuna 1895 e.V.』となっているが、最後についている『e.V』が協会(フェライン)を意味しており、ドイツのスポーツクラブすべてがこのフェラインとなっており、フットボールクラブは、フェラインを中心として、それを運営する会社があるというケースが多いそうだ。
育成による選手のレベル向上と、ワールドカップによるスタジアム環境の向上がブンデスリーガの人気を高めた。
2000年のEUROはドイツ代表のドン底時期にあたり、そこから育成改革がドイツサッカー協会主導で行われた。その成果として2010年のワールドカップには、ケディラ、エジル、ミュラーなど数多くの育成改革によって生み出された選手たちが活躍をするようになり、ブンデスリーガのレベルも向上をした。
その中で、2003-04年シーズンから、UEFAの中でのリーグにおいて、ブンデスリーガが観客動員数ナンバー1となった。ドルトムントは旧浦和市とほぼ同じ60万人の人口の中で、80,520人の平均観客動員数があり、席の稼働率は99.8%と常にチケットは完売状態。さらにUEFAの中で、ドイツの女性が一番サッカーに興味あるのも特長的だ。
これは、2006年のドイツワールドカップを契機にスタジアムを整備がされて、スタジアムのクオリティが向上したことも大きな要因となっている。スタジアムにはVIPシート、ルームを作り、この席のシーズンチケット価格は30万~50万となっており、ブンデスの上位のクラブは完売状態。フォルトゥナ・デュッセルドルフも3000枚販売をして多くのキャンセル待ちがある状態だそうだ。試合当日は、一日5時間~6時間スタジアムに滞在することができ、食事飲み物が用意されて、駐車場も手配される。これにより、逆に一般席の金額を下げることができている。
フォルトゥナ・デュッセルドルフも、ドイツワールドカップの会場となった『エスプリ・アリーナ』は、マルチファンクションアリーナとして、コンサート、ミニサーキット場など、様々なイベントに対応出来るアリーナとなっている。
ブンデスリーガでのサポーター、地域との関係
ブンデスリーガでは、ファンとサポーターについての考え方は、ファンは個人の選手を応援している人。サポーターはクラブを応援している人という位置づけ。前者の場合は、その選手がいなくなるといなくなってしまうことがあるが、後者は選手個人ではなく、クラブ全体を応援している人であると考えられている。
また横断幕については、選手個人に対する横断幕はほとんど見受けられない。ほとんど全てが、町名とクラブエンブレムが描かれたような、各サポータークラブの幕がメイン。選手個人幕については、その選手以外には関係のないものと捉えられてしまうことがあるが、サポータークラブの幕は、今日も俺たちは応援に来ているぞということを示すことで、選手全員が応援をされていると思えるものとなっている。
応援歌についても、自分たちのクラブを称える歌ばかりが歌われており、選手の応援歌が歌われることは、ほとんどない。ドルトムント時代に、香川真司の歌が歌われていたのは異例中の異例で、それだけ香川真司がドルトムントで特別な存在になったという証でもある。
日本はファン体質が強く、選手に対して芸能人的な扱いをする傾向があるが、ドイツでは選手も観客があって、自分たちが存在をしていると認識をしていて、それについてサポーター側も同じ認識をもち、お互いにリスペクトを持ちながら、共存をして日頃も対応をしている。
フォルトゥナ・デュッセルドルフの普及活動では、ホームタウンの産婦人科で、産まれた子供には、5歳まで無料でフェラインの会員になれる権利と、クラブエンブレムが入ったグッズ一式のバースデーパッケージをプレゼントしている。また、各小学校1校ずつを毎試合、スタジアム招待をしており、全ての小学生にクラブを知ってもらい、スタジアムの空気感を知ってもらうという活動を行っている。
スポーツシューレと呼ばれる、総合型スポーツクラブは、各地域にあるが、決して多い数が存在しているわけではない。サッカークラブは全国に26000クラブ。これは日本における小学校の数と同じで、その他のスポーツクラブは80000クラブ存在している。
ドイツは戦後、学校は勉強するところ、スポーツは地域に還元するという形で分けられて、
1960年代から国がスポーツクラブを作り、日本の学校教育における体育は、ドイツではスポーツクラブがその活動を担っている。日本の体育では、総合教育をしているのに対して、ドイツは自分の好きなスポーツを選択して、そのスポーツだけをやる形になっている。ドイツでは日本の学校教育における体育に対する憧れもあるそうだ。また、ドイツでは近年、学校から帰り、スポーツクラブには通わずにテレビゲームをする子も増えてきており、問題化している部分もあるという。
ドイツでは国策により地域にスポーツクラブが根付き、フットボールクラブもその中に存在をしている。地域のものであるから、地域の人で構成をされる組織(フェライン)がクラブを支えて、それを守り続けているということだと思う。日本には日本の文化がある中で、スポーツ、フットボールクラブが、地域の中で、どう存在していくか、日本式フットボールクラブの今後のあり方ということを考える良い機会になったのではないかと思う。