浦和フットボール通信

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「あるべき総括」は為されるのか。 上野晃ロングインタビュー・完全版(前編)(2014/7/10)

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J史上初の無観客試合…… ホーム浦和のスタンドの未来を揺るがすアクシデントを検証する努力は、ワールドカップ終盤とJ再開への喧騒にかき消されたままだ。ホーム浦和のサッカー好きにとって、この問題の風化は、惨敗を喫した日本代表チームの状況よりも深刻な問題のはずである。この屈辱の試合の実況を「URAWAの足跡」を知る人物が担当してくれたことは、私たちにとってせめてもの救いだろう。おなじみのベテランアナが体感した「3.23」の示唆と教訓をウェブ用完全版でお届けする。 浦和フットボール通信編集部

浦和フットボール通信(以下UF): ~ 埼玉スタジアムは、残念な光景を目にしなければなりません。浦和レッズ対清水エスパルス戦はJリーグ史上初の無観客試合です。しかし天気は穏やか、青い空が広がり太陽の日差しが目に眩しく入ってきます。きょうの観客は、分け隔てなくすべての人々に降り注ぐ春の太陽です。私も長くレッズ戦を実況していますが、自分の声がこんなにもはっきり耳に跳ね返ってくる放送は初めてです
 ~

無観客試合中継の冒頭アナウンス、心に残りました。

上野晃(以下上野):どんな放送の入りにするか迷いました。大変なこと、あってはならないことが起こってしまった。だから今日始まるのは「無観客試合」であると……そこから切り替えて、普通の実況をするようにしました。冒頭メッセージには、まず差別はいけないというニュアンスを込めました。

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UF:W杯出場を賭けた日韓の大一番の前、元NHKの山本浩アナの「あの雲の向こう側に、メキシコの青い空が見えます」の言葉を思い出しました。

上野:アタマが勝負なんです。はるか昔の東京五輪で、NHKアナウンサーが口にした「世界中の青空を集めたような東京の空です」をいまも原点のように憶えてる。レッズ戦実況がライフワークである自分としては、何としてもこのゲームの意味をテレビの向こう側の人に届けなくてはと考えました。色々なシミュレーションもして臨んだのですが、スタンドにはいつもの大観衆がいないわけです。点が入った時にトーンを上げて良いのか、自粛すべきか、など色々迷いもしました。

UF:オンエア自体は阿部勇樹キャプテンの撲滅宣言から入って上野さんの冒頭アナウンスに続き、その後「違和感がありますよね」という言葉からの福永さん(当日の解説)との会話があって、以後は沈黙。普段聞こえない音があり、そしてキックオフが来る。徐々に重大性を感じさせるつくりとしてはうなづけるプロセスだったと思います。

上野:冒頭以降のしゃべりは当初から少なくするつもりでした。普段なら拾えない音が拾える。事態の深刻さや無念さ、レッズ戦ではあり得ない静けさや冷たさ。その違和感を現場には立ち会えないレッズ支持者たちに伝えたいと思いましたので。

UF:周囲のマスコミからも当日の状況を聞かれるのですが、逆に「外側からどのように見えていたのか」を聞くと、テレ玉のオンエアを始めニュースもくまなく見ても、差別はNGというオチしか分からなかったと言われるんですね。その意味で、あのゲームの実況担当が群を抜くレッズ戦実況回数を誇る上野さんであったことはせめてもの救いでした。

上野:世界一レッズ戦を実況している自負がある自分にとっては巡りあわせ。運命というやつだろうね。それにしても“史上初”が多すぎます。92年から実況をしてきて、勝負にまつわる“史上初”は無数にありましたが、まさか「Jリーグではあり得ない」と思っていた“史上初”にまで行ってしまうとは。

UF:批判は甘んじて受けなければいけないが、あまりにも想定外というか……。レッズ周辺の99%は、当初は何が起きたか分からない事象だったと思います。誰もが見える位置の弾幕ではなかったし、レッズ戦のキックオフ前といえば観客、スタッフふくめて臨戦態勢で持ち場につき、キックオフを待つタイミングですから。

上野:危機意識が足りなかったと言われればそれまでだけど、後々までダメージを残す事件になってしまいましたね。掲げた本人の気持ちは計り知れないですが、サッカーという競技を考えて、世界を見渡しても差別問題が色々な問題になっています。本人がそんな気持ちで書いていないとしても、致命的な内容が出てしまった。

UF:その対応の遅さが指摘されるべきと……。

上野:意識を皆が持っているかどうかという部分で批判は免れないでしょうね。存在を見つけたのに「了解が得られないから」という理由で最後まで掲出されてしまった。この対応についてはレッズ関係者も後悔をしていると思います。あの場面では了解以前にとにかく外す。外した後に事態を整理する手法や勇気が無かったことが悔やまれます。日本にはそんなに人種差別に対する意識がないので「何か書いてあるな」程度の意識だったのかもしれない。見逃すケースもあり得るでしょう。私だってあの場にいたとして「まずい。外すべき」と瞬時に考えられたかは疑問。素通りをしてたかもしれないし、意識が薄かったと反省する部分はある。時間が経つに連れてことの重大さに気づく自分がいましたね

UF:中継の舞台裏はどのような状況だったのでしょうか。

上野:当然ですが、放送席に座ってどこを見渡しても誰もいない。いつもの音がまったくなく雰囲気が別物。福永さんともいつもの挨拶だけで、どくに掛け合いに関して打ち合わせをしたわけではありません。それよりも印象に残ったのは、スタジアムに向かう美園の駅です。見たことのない悲しい風景という感じ。サポーターが制裁に従い、周辺にもまったく姿を見せなかったことには感銘を受けた。何らかの動きはあるのでは?と予想していましたので……。事態の深刻さをレッズサポーター全体が受け止めていることを実感させる周辺の雰囲気でしたね、あれは。

UF:逆に我々は浦和の中心地の『力』周辺に行きまして、市民がどのような反応を示して街に集まるかを取材しました。そして、そのテレビから、上野さんの第一声がどのようなものが出てくるのかと固唾をのんでいたわけです。報道関係者が集まった『力』周辺からは「こんな時にサポは力にも集まれないのか!」的なサポーターの叫びが聞こえていたのですが、道一本を隔てた中山道は至って静か。日常の浦和の光景なんですね。人々がTV取材の物々しさの横を素通りした後で初めて「ああ、レッズの無観客試合って今日なのね」と囁きあう感じ。

上野:そこは強く感じましたね。かつての浦和だったら、まさにこんな時こそ皆でレッズを支えるというか、多くの支持者が立ち上がる空気が出来ていたはずですが……。

UF:「差別は悪」に異論を挟む余地があるはずがありません。でもここで問題としたいのは事件背後にある深層部分です。レッズを取り巻くどんな状況が「無観客試合」という制裁に繋がったのか。そこをお聞きしたいです。

上野:無観客試合の前日に淵田社長の記者会見に立ち会ったのですが、「今日から新しく生まれ変わるんだ」という意思表明は強く印象に残りました。ポイントがそこにあるという意思は分かるのですが、そういう発信だけでは埋め合わせられない部分を感じたことは事実です。

UF:レッズとは関連を持たない多くのメディア関係者の意見を耳にしました。「差別が悪だけで片付く話とは思えない。感度が足りない“お題目”しか唱えられない状況が歯がゆい」というニュアンスの声が本当に多かった。

上野:このようなことが起きたということを、きっかけにしなければいけません。ある意味チャンスですよね。

<後編に続く>

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