浦和フットボール通信

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「わが街のクラブ」の未来のためなら、 市民やファンの資本参加はあるべき流れ。 谷塚哲(東洋大学法学部)

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レッズの親会社である三菱自動車工業が日産自動車の出資を受けて事実上の経営傘下に収められるかもしれない一件は、地元サッカー界やレッズ支持者の間に不安な影を落としている。今後の見通しを「可能な範囲でファン、サポーターにもっと開示すべき」との声も聞こえ始めて久しい。サッカーの街を象徴するクラブは、スポンサー任せのままでは行方も見えない迷路に進むのか……。しかし、この苦境を「真にレッズの改革を望む人々にとっては好機」ととらえる識者もいる。スポーツマネジメント組織REGISTA(有限責任事業組合)の代表者であり、欧州プロクラブのソシオ研究でも知られる東洋大学法学部の谷塚哲氏に見解を聞く。(浦和フットボール通信編集部)

Interview&Text/Mitsuho Toyota
Photo/Kazuyoshi Shimizu、Yuichi Kabasawa

谷塚哲 Tetsu Yatsuka Profile
1972年埼玉県生まれ。武南高校でGKを務め、地域リーグで30歳までプレー。順天堂大学卒業後、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了。現役引退後、行政書士資格を取得。2005年にスポーツ法律事務所/谷塚行政書士事務所を開業。2008年には、スポーツ界のワンストップサービスを目指し、あらゆる問題にも対応できるよう行政書士、弁護士、公認会計士、弁理士、JFA公認エージェント、学識経験者を集めた組織「REGISTA.LLP」を設立。総合スポーツマネジメント組織として、スポーツ界の発展をサポートしている。また、東洋大学法学部ではスポーツ法をテーマに教壇にも立っている。著書に『地域スポーツクラブのマネジメント』(カンゼン)など多数。

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避けられない株売却。変えられない赤。

UF:Jリーグ規約が「同一企業の複数クラブの経営関与」を制限している以上、これは深刻な状況と考えるのですが……。

谷塚:Jの中でも抜群の応援と観客動員を支えてきた浦和・埼玉のサッカーファンが今のレッズの状況を危惧するのは当然のことです。報道によれば日産の三菱自工への出資額は2370億円。これは株式の34%にあたり支配権をあけ渡す事態ではありませんが、このような親会社の状況はレッズの将来に動かせない不安要素があることを示しています。

UF:日産自動車を母体とする横浜マリノスは、すでにマンチェスター・シティなど欧米プロの経営実績を持つシティ・フットボールグループとの資本提携を続けています。

谷塚:長期的に見れば日産サイドのトップの判断で新たな投資を受け容れたり、経営権移行などの変化も起こり得ます。ホーム浦和と三菱の絆を象徴してきた赤のクラブカラーやロゴ、スリーダイヤ等の象徴が書き変えられる可能性が無いわけでもない。サポーターやホームタウンが受け継いだ歴史が、荒々しい資本主義の洗礼に晒されるということです。

UF:地元レッズ支持者の一員として受け容れがたい内容です。

谷塚:ホーム浦和としては次に起こることをクールに予測すべきでしょう。当面で浦和レッズへの出資、すなわち持ち株の面からのクラブ経営の激変はまぬかれないと思います。

UF:長らくレッズを支えてきた三菱自動車は、まずは自社製品ユーザーに向けた賠償に専念しなくてはなりませんね。

谷塚:メーカー責任を問われている三菱自工が51%所有の浦和レッズ株式を売却し、その費用に充てる事態も想定しておかなくてはなりません。とはいえクラブもサポーターも、あのレッズの赤ユニを飾ってきたスリーダイヤのエンブレムを手放すことには抵抗がある。頼るべき売却先は同じ三菱グループ内の三菱重工、商事、銀行といった組織となると思います。

UF:三菱重工はレッズの母体となった旧JFLの強豪。しかし会社自体は一般消費者向けの業種ではありませんでした。そのためプロ化を視野に三菱自動車に所属を移してレッズが誕生し現在に至っています。

谷塚:バスケットボールチーム(ダイヤモンド・ドルフィンズ)を持っている三菱電機などがグループ内にあるが、譲渡を受けてくれるかはあるかは未知数。ならば所有株すべてを売却する場合、億単位の売値を地元の浦和・埼玉の組織や個人が分担して譲り受ける……というシナリオが浮上します。50%以上を市民やファン・サポーターが所有し、その他小口株を地元企業が保有することも考えられるのです。

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「地域・市民による出資と運営」は繁栄の条件。

UF:これはレッズサポーターが、晴れて浦和レッズの株主になる……という想定でよろしいでしょうか?

谷塚:真にレッズの改革を望む人々にとって、私はこの苦境が立場を超えた得がたいチャンスになると思うのです。そもそもホームタウンの人々が資金を持ち寄って株式を保有し、クラブ運営に参画するシステムは古くからの欧州では行われていることです。その熱意がスタジアムに伝わるからこそ客席が満員になり盛況も生まれる。これをJリーグで再現できるのは浦和レッズに他なりません。4万、5万という動員と強固なサポーター結束がなければ生み出せない構造なのですから。

UF:あらためてレッズのホームタウンの真価が問われます。

谷塚:むろん経営権を持つからには、ただ代表に文句を言って終わりというスタンスはNGになります。成績不振や強化の不手際があっても、その幹部を選んだのは市民やサポーター自身。権利に伴う責任が生じます。しかしサッカーに携わる人材や土壌を考えれば、これらの条件を満たせるホームタウンはやはり浦和なのでは?

UF:同意です。しかし昨今の埼玉スタジアムでは「シーズンチケットの更新、どうしようかな」「え? シーチケも買わずにクラブに文句いうの」あたりの会話が聞こえてくる状況がありまして。

谷塚:まずはその空気というか、既成概念を払拭しなければ!

UF:それゆえ今回の谷塚さんの調査(レッズ株式購入アンケート調査後日結果発表)を見ると、心ならずもサポーターがシーチケに費やして来た資金との比較が頭をよぎりました。

谷塚:今回のリサーチはイングランドで「サポーターズトラスト」、ドイツでは「e.V.(フェライン)」、スペインでは「ソシオ」と呼ばれる地域やサポーターがクラブの経営権に関与するシステムを念頭にホーム浦和に当てはめて予測する目的があります。ヨーロッパの市民やファン、サポーターはこのような仕組みに資金を持ち寄ってクラブ株を購入することにより、チームを監視する権限を得ます。51%株式保有のケースもありますが、そもそもこういった仕組みはオーナーの浮き沈みや資金難などによりクラブが消滅したり、良からぬ資本に買収されるリスクに備えて考えられた側面があります。ドイツではリーグに参加するクラブは、母体となる非営利組織のフェラインがトップチーム(営利組織)の50%以上の株式を保有し経営権を握っていることが条件になっています。

UF:自身も含めたレッズサポーターは、こういうクラブの経済側面や運営構造、それらの世界基準に対する関心が未成熟と思います。「僕らにできることは、ただ応援すること」という意識からは、そろそろ卒業しなくては……。

谷塚:さらに浦和の皆さんに注目して欲しいのは欧州の平均数入場者数トップ10を占める人気クラブの大半が、このシステムで運営されている事実があることです。調査結果を見ればバルサ(FCバルセロナ)はもちろん、バイエルンミュンヘン、ボルシアドルトムント、レアル、マンU、アーセナルなども入っている。これらのクラブは客席収容率が高いため、もちろんスポンサーもつきやすい。よってTV放映権も高騰する、という好循環を加速させています。

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Jの改革に挑む、浦和のサポーターズトラスト。

UF:レッズ支持者にいまこそ伝えるべき情報と思います。実現に向けては、具体的にどんな努力が必要でしょうか。

谷塚:信頼できる地域の組織が「クラブの株式の取得意向があること」をJリーグや三菱グループ、市や既存株主に向けて表明すること。そういう意向が地域にあるということを知ってもらうことが重要です。それには地域組織は法人格を持ち、社会的に認められた存在であることも必須。そこを基盤にサポーターのみならず地元有力者の方々が資金集めや関係各所(自治体やクラブ、スポンサーなど)に理解を求めて行く手順となるでしょう。

UF:意地悪な見方とも思うのですが……「素人の市民にプロの運営なんて無理」という懸念は、レッズに限らず多くのJのサポーターに根強く残っています。

谷塚:日本には市民クラブを唱えながらも、結局大きな資本に取り込まれた失敗例があり、それがサッカーファンのトラウマになっています。〝ソシオ恐怖症”というか(笑)。致し方ないことですが、その時はJリーグも日本サッカー界全体まだも未成熟だった時代のケースで原因もはっきりしている。地域の組織が株式会社(クラブ)への法律的な経営権を持たないまま進行してしまったことが問題。サポーターに資金調達を仰ぐなら、しっかりと株式購入を条件にして組織の社会的認知や信用を確保するべきでした。

UF:持ち株の比率と、それにともなうクラブ運営に対する「監視能力」も気になります。

谷塚:当面1%でも良いから、市民に株保有の意志があることを広くアピールすることです。株主としてクラブと意見交換する場が確保できれば、市民サイドとしては大きな前進。すでに持株会という組織もJクラブの中にはありますが、欧州のケースを参考にする限り、その組織は「非営利の法人格があり」「基本的には地域の人たちによる運営」が共通条件なので現行法上、「一般社団法人」が最も適当な組織と言えます。たとえ大株主が介在する構図になっても法律上、市民の目が行き届くチェック機関が登場するわけで、これはJリーグにとっても革新的な事例となるでしょう。

UF:先ほどのシーチケ更新の話ではないが、サポーターのクラブ運営に対する意識や批評眼の向上も課題でしょうね。

谷塚:Jリーグは地域密着を謳ってスタートしましたが、企業が主体という構図からの脱却がなかなか出来ていません。20年以上を費やした現在、サッカーを文化としクラブを公共財とする機運がようやく高まり、地域密着の意味が問い直されているのだと思います。この苦境をバネに浦和レッズが新しい経営基盤に向けて舵を切ることはJリーグが掲げた「地域密着」を実現するためには最も効果的な方法であり、且つリーグや他クラブへの影響も大きい。日本のプロスポーツのあり方を変える可能性さえ秘めていると考えています。

(2016年7月 都内にて)

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