浦和フットボール通信

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VIPインタビュー:対談 犬飼基昭×轡田隆史(2)(10/24)

いまこそ、我らが「サッカーの街」のために(2)

犬飼基昭(いぬかい・もとあき) プロフィール
1942年、浦和市生まれ。浦和高校時代に日本ユース代表に選ばれる。慶應大学体育会ソッカー部では、4年時に主将を務める。1965年に三菱重工に入社し、サッカー部でプレー。現役引退後は三菱自動車で欧州三菱自動車社長などを歴任し、2002年に浦和レッズ社長に就任。浦和レッズを優勝に導く。2008年に日本サッカー協会会長に就任。2010年に退任した。

轡田隆史(くつわだ・たかふみ) プロフィール
1936年、東京都生まれ。埼玉大学附属中学、県立浦和高校、早稲田大学の学生時代を通してサッカー選手として活躍。特に浦高1年時にはRWとして国体、高校選手権で二冠達成。語り継がれる69連勝の立役者となり、同校の黄金時代を築く。早大卒業後は朝日新聞社に入社し、社会部デスク、欧米・中東特派員、論説委員などを歴任。一世を風靡した『ニュースステーション』(テレビ朝日)などの名コメンテータとしても人気を博した。『「考える力」をつける本』など著書多数。さいたま市中央区在住。

【「浦和の高校群」の背景にあったURAWAの一体感】

豊田:轡田さんの数学の先生のお話や犬飼さんの浦和市立戦に集まった地元観客のエピソードは、現在のレッズサポーターにとっても興味深いものと思います。私も長くURAWAで様々なサッカーを観戦して来ましたが、旧浦和市民の眼は当時から厳しいもので、「グラウンドが整い、良い指導者もそろっていれば選手が活躍するのは当然」という意識が強く働いていたようですね。

犬飼:市民の眼は本当に厳しかった。それは自信を持って証言できる(笑)。

轡田:それとね、厳しいとともに「教えてくれる」「支えあう」という一体感が選手側、教える側、観る側にそれぞれあった。たとえば私はご覧の通りの小柄な体格でしょ。足もノロいんです。でも、こういうフィジカルに恵まれない子がいても、ハンディキャップを克服するための知恵やアドバイスがあちこちの先輩や大人たちから届く。そういう懐の深さがありました。グラウンドにしても日本がまだ貧しかった情況下で、あれだけサッカーグラウンドが野球をさしおいてあちこちに整備されている所なんてURAWAくらいなもんでした。

豊田:そういえば轡田さんの得意のプレーは、ドリブルやスピードでサイドから切り崩すプレーではなく、ひたすらキックの精度が命の「クロス」であったとお聞きしています。

犬飼:憶えてますよ、轡田先輩のキックは(笑)。進学された当時の早稲田大学は、轡田さんのサイドからのクロスに合わせて皆が一気になだれ込むサッカー。これは徹底した戦術でしたよね。

轡田:そうそう。現実的な自分の才能だけ勝負とするとなりゃそこしかなかったから。あんまり美化して喋りたくないけど、いまで言う「クロスの精度」は自分なりに磨きをかけましたよ、ベッカムみたいに(爆笑)。

豊田:なるほど。高校選手権決勝戦で地元大阪の三国丘を葬った決勝点のアシストも、右サイドの轡田さんから送られたクロスだったとか?

轡田:ちょうど左サイドからのサイドチェンジが上手いこと僕のところに飛んできてね。トラップして一人かわしたら、敵ディフェンスの向こうのファーサイドで待っているストライカーの吉田さん(当時CF 吉田幸夫氏)が綺麗に見えているの。あとはそこに向かってキックするだけ。鮮明に憶えているアシストです。

豊田:轡田さんら浦高の栄冠以降、浦和西、浦和市立などの「浦和の高校群」は全国大会を席巻することになります。当時唱えられた「浦和を制するものは埼玉を制し、埼玉を制するものは全国を制する」という故・福永健司さん(元衆院議長)の名言は、浦和の高校勢の強さを鎌倉幕府傘下の関東武者への賛辞になぞらえたフレーズだそうですね。これは現在もレッズのゴール裏で語り継がれているフレーズなのですが。

犬飼:ああ、あれは我々の時代の部室にも貼られていたなあ。でもあの名文句が埼玉スタジアムの客席に残っているんだ……(少々驚いた表情)。

轡田:決して勝ち誇った言葉ではないと思うのね、あのフレーズは。サッカーの絆で結ばれた街の代表なのだから、全国大会に行くのなら浦高であろうとイチリツ(浦和市立高校)であろうと郷土のために頑張ってくれという同盟の意思表示ですよ。ホーム浦和のサッカーを通じた一体感を巧みに現した言葉と思う。私はそれこそがURAWAが持ち得ていた誇りと思うのね。技術戦術ばかりにとどまらず、サッカーを通じて養える地域の一体感を大切にしていた。市民もその部分は子どもたち、すなわち次世代の育成や地元の素養にもかかわるという意識が働いていたから疎かにはしなかったわけです。

犬飼:そこはポイントですね。「サッカーを地域文化として大切に育てる」という機能が街全体に働いていた。戦後間もない時期だから施設面の充実は望むべくもなかったが、それを補ってあまりある意識が住民レベルにまで共有ができていました。だから指導にしても非常に「基礎的なこと」にうるさいのね。基本的なキックができなきゃダメなのと同じように、基本的な生活態度が身につかない生徒はダメ。監督にも教師にも認めてもらえない。

豊田:そこはURAWAの指導者たちが時代を超えて受け継いで来たこだわりの様ですね。『浦和フットボール通信』の取材歴においても歴然とした証言がある。轡田さん時代の浦和高校の栄冠を引き継いだ浦和西高校・藤波健夫先生(昭和32年全国高校選手権制覇)の指導基本はすばり「生活態度」。レッズのトップチームで活躍する山田直輝君を指導した北浦和少年団の吉野弘一監督は「サッカーがうまくても挨拶ができない奴は使わない」が口癖であったとお聞きしています。

轡田:ほほう、なるほどねえ。

豊田:ちなみに北浦和少年団団長の吉川政男さんは、先ほどの犬飼さんのお話にも登場した池田久さん(埼玉師範OB・全国制覇メンバー)の教え子。池田さんとの出会いがサッカーとの出会いで、人生を変えた出来事だったそうです。

轡田:お聞きするからに繋がりや継承といったものが大切、という証しだよね。URAWAで過ごした素養を基礎に次の高みに入って行くという手順は、これからのサッカー人材の育成においても大切にするべきでしょう。いろいろな方からお聞きもしているけど、レッズ出身の長谷部誠君にしろ、浦和東出身の川島永嗣君にしろ、この街から巣立って行ったプレーヤーたちにはそういう繋がりや継承が形を変えて開花しているのだと思えるね。

犬飼:大成するプレーヤーほどその重要性は理解していますよ。だからこそ知的でかつ志(こころざし)も高く持てるのだと思います。長谷部なんかは話していて本当にそう感じる。そしてそういう才能を育む環境が、確かにURAWAには存在したということだと考えますね。

【イズムの継承を担うべきメディアとホームタウンの責任】

豊田:ここは轡田さんにお伺いしたい。では、こういうホーム浦和にあったスポーツ環境が失われつつある時に、現在のメディアとジャーナリズムは何とも存在価値が薄いと感じるのですがいかがでしょう?

轡田:薄いも薄い。それはもうお話にならない。地元版のスポーツ面とかスポーツ新聞系あたりは、サッカーの本質なんてほとんど報道できていませんね。この発言、ハッキリ書いてくれて良いよ。あんまり酷いから後輩に意見したこともあるのだが、海外のサッカーや論評を学習する余裕も気力もないまま記事を書いたりしているとしか思えない。

豊田:私も同じマスコミサイドとして言いにくいのですが……いまのジャーナリズムを見ていると本当に首を傾げたくなる。スポーツ関連に限りません。私たち広告界で生きてきた制作者の視点から見ても、とにかく注目率ありき、数字ありき、販売ありき、スターありき、そして組織都合ありき……。客観的な事実に沿った「建設的なオピニオン」に繋げる批評眼など望むべくもない。そういう体制に報道各社が走っているように思えてならないのですが。

轡田:これはね。おっしゃるように、スポーツジャーナリズムばかりではない。現在の日本を覆っているメディア全体の風潮、社会的な規模での問題なのです。実はこのテーマを軸にした自分の記者人生を省みての現状のメディア批判を執筆している最中でしてね。

豊田:それは期待したいです。いつごろ上梓されるのですか?

轡田:それが残念ながら3.11という波乱が起きてしまったからね。刊行は大幅に延期です。あの震災の被害と対応も踏まえた内容でなければ成立しない本ということ。

豊田:なるほど。発刊の折にはぜひ『浦和フットボール通信』でも告知をさせてください。

轡田:それはありがとう(笑)。

豊田:犬飼さんに伺います。メディアばかりではない。フットボールはピッチ上に起こっているオンタイムの事象を見て、その是非を論じているばかりでは発展が望めません。今日おふたりに伺ってきたサッカーの背後を固める土壌や組織。昨今はそういった要素の結束の劣化、いわゆるURAWAらしさの喪失といった問題が大きいのかと危惧するのですが……。

犬飼:当然、結論はそこに行きますよ。私たちが「ホーム浦和らしいサッカー」が観れなくなって久しい。

豊田:このサッカーの背景部分を支える組織力は大きなカギですよね。今季は多くの識者の方々の意見を伺ってきましたが、そこが出来ていないとピッチ上の選手のプレーにも影響をおよぼしてしまう。

犬飼:私は欧州との差はそこにあると考えています。地域発の能動的なサポートが、効果的にサッカーに繋がっているか否か。それがいかに重要であるかを彼らは認識している。欧州三菱に赴任していた時代から痛感していた要素ですし、私がサッカー界に問いたいテーマですね。日本サッカーが順調に育たない、非常に大きな要因がそこに潜んでいる。

豊田:しかもその重要部分が、なぜかなかなか指摘されないし検証もされない……。

犬飼:いま轡田さんがメディアの力不足を指摘されましたが、現状のサッカーに関わっている当事者たちは自分で出向いて実情を確かめてくれば良いんですよ。それをやっても問題点を認識する能力があるか否かは別問題だけど(苦笑)。私は長い時間をサッカーの本場で過ごしたし、その後の実体験や知人たちの話でも明らかなのだけれど、バルセロナにしろバイエルンにしろ組織が巨大化してもそういう部分はしっかり継続している。努力を続けて選手を教育し、地域との情報共有や人的交流も試み続けているんです。そういう努力や雰囲気がURAWAで再興されない限り、いま多くのファンが感じている閉塞感は解決されませんよ。

≪Vol.3に続く≫

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