浦和フットボール通信

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VIPインタビュー:対談 犬飼基昭×轡田隆史(4)(12/8)

いまこそ、我らが「サッカーの街」のために(4)

たとえ優勝にはほど遠くても、最終節には客席最前列から選手・スタッフたちに今季のねぎらいと来季へのエールを送ったホーム最終戦のお馴染みシーンは面影もない。シーズン終了を告げる社長挨拶はスタンド上段からも降り落ちてくる怒号にかき消され、ほとんど聞き取ることもできず―――
あまりに深い痛手を負った我らがホームタウン。復権への手だてを模索する犬飼基昭(元浦和レッズ代表)、轡田隆史(元朝日新聞論説委員)両氏の提言対談・最終回をお届けする。

犬飼基昭(いぬかい・もとあき) プロフィール
1942年、浦和市生まれ。浦和高校時代に日本ユース代表に選ばれる。慶應大学体育会ソッカー部では、4年時に主将を務める。1965年に三菱重工に入社し、サッカー部でプレー。現役引退後は三菱自動車で欧州三菱自動車社長などを歴任し、2002年に浦和レッズ社長に就任。浦和レッズを優勝に導く。2008年に日本サッカー協会会長に就任。2010年に退任した。

轡田隆史(くつわだ・たかふみ) プロフィール
1936年、東京都生まれ。埼玉大学附属中学、県立浦和高校、早稲田大学の学生時代を通してサッカー選手として活躍。特に浦高1年時にはRWとして国体、高校選手権で二冠達成。語り継がれる69連勝の立役者となり、同校の黄金時代を築く。早大卒業後は朝日新聞社に入社し、社会部デスク、欧米・中東特派員、論説委員などを歴任。一世を風靡した『ニュースステーション』(テレビ朝日)などの名コメンテータとしても人気を博した。『「考える力」をつける本』など著書多数。さいたま市中央区在住。

【改革に向けて、ホーム浦和が養うべきサッカー知性】

犬飼:URAWAという日本有数のサッカーどころのトップクラブ。そこに親会社のグループ内から、社長経験に適合しているという理由付けだけでトップの人材が無作為に送り込まれていること。これは問題でしょう。こういうシステムがいまだに残っていること自体が、日本にいまだスポーツ文化が根づいていない何よりの証しだと思います。いままでの協力体制には当然リスペクトがあって然るべき。でも現実問題として成果が残せなかったトップの人事権を三菱自動車工業が現状のままで保持することが変わらないのであれば……私はホーム浦和はもはや実行動に移すべき時が来ていると思います。

轡田:ある程度覚悟はしていたのだけれど本当に深刻な情況なんですね。これはもう、落ちるところまで落ちなければ身に沁みない。変化も起こらないのかも知れない……。こういう状況からレッズを支えて行くとなれば、我々ファンやサポーターもクラブをクラブとして、選手は選手としてしっかり評価して見定める視点くらいは持たなくちゃいけないでしょう。

豊田:轡田さんの自論である、適正なホームタウンの厳しさですよね。

轡田:そう。まずは支持者サイドが姿勢を示し、クラブに意志を発信できる気概を持たないことには始まりません。ファンが選手を安直にタレントのように扱うとか、良いプレーよりもサインを求めたりとか……そんな類いの行動が目立つようでは「現状容認」の誤ったメッセージをクラブサイドに発してしまうと私は思います。我々が出来ることの起点を考えるとそういう部分は気になって仕方がないのだが、いまのホーム浦和のファンはどう思っているんだろう。気になるよなあ。

豊田:おっしゃるような気概を持ってサッカーを見直す努力を続けていけば、また見えてくる部分も違ってくるのでしょう。フットボールとファンを繋ぐ任を負うマスコミも、注目度ありきのショーアップやヒーロー待望一本やりの路線に見えます。

轡田:メディアもまったく同罪なのです。軽薄な風潮にファンを乗せるばかりで、その余波がスポーツ文化におよぼす影響を考えていない。これでは国政、県政など行政の動向情報を垂れ流しするばかりで、監視能力を失ってしまった政治部の現状と同じ構図ですよ。ここまで地元の象徴となるスポーツが衰退の危機に瀕しているのに、地元紙のスポーツ面がレッズの“ちょうちん記事”ばかりを載せているようではおしまいでしょう。

豊田:キャンペーンだけの「サッカーの街」スローガンは頻繁に耳にしますが(苦笑)。

轡田:冒頭に出た豊田さんの歴史エピソードではないけれど、地元紙の記者がその土地のサッカー史やクラブ史をよく知らないなんておかしいし、先端の世界のサッカー理論を勉強する時間も気力もないという情況は許されることじゃないんです。そんな立場にいる挙句に利益誘導の自社キャンペーンやゴシップ的な報道に走るばかりではマスコミも地に堕ちたりですね。

犬飼:欧州赴任時代は地元紙のサッカー記事も楽しみにしていたんですが、向こうはサッカーを扱うジャーナリストの社会的な地位も高いですよ。ゲーム評は大半が記名記事で読者採点まで付けられて、批評眼が落ちたりすれば書く立場を失うシステムになっている。こういうシビアな部分も、スポーツ文化を作る要素として見習うべきと思いますけれどね。

轡田:試練もないぬるま湯体質に居て派手ネタばかりを追ったあげく、転任になれば「さよならURAWA」? そんなサイクルで動いているとしたら情けないよ。責任放棄と言われても仕方がない。

Photo by (C) Kazuyoshi Shimizu

【浦和レッズはホームタウンのもの。ソシオ断行の覚悟も固めるべき】

豊田:以前のレッズ降格の時代(1999シーズン)に比べて、ファンやサポーターの気質も大きく変化しました。再びレッズが大きな停滞期に入った現在、ここからホームタウンの自力でクラブを持ち直させるには、かなりの意識改革が必要かも知れません。

轡田:でもそういう状況を薄々感じながらも、周囲には「何とかなるだろう」という雰囲気があるように感じるのだけど、違いますか?

犬飼:URAWAの住民って基本的にはコンサバティブなんです。問題に対する反応や行動は、なかなか蜂起してくれない部分はあるね(苦笑)。先ほどお話ししたようにレッズの代表時代に「損失補填契約解除」等の案件を含めて、浦和レッズを積極的に三菱グループから独立させる努力を進めていた時期がありました。その際には地元の弁護士会や医師会からも盛大なエールを頂けたのですがね……。

豊田:あ、それは件の浦和レッズの増資計画に関して、犬飼さんが三菱サイドと調整作業をされた時のお話ですね。

犬飼:そうそう。あの一件。

豊田:一部の熱心な支持者の間では相当な関心を呼んだ出来事でした。

犬飼:だったよね。でも、肝心の三菱自工幹部からのご回答は「浦和レッズほどの人気チームをグループから手放させるわけには行かない」だったけど(苦笑)。

豊田:私たちは新聞等の報道で交渉内容を追うばかりでしたが……ただ、その回答が記事通り、つまり犬飼さんの証言のままであるなら、「Jリーグ理念」からはかけ離れた趣旨内容と思えるのですが。

犬飼:もちろんかけ離れていますよ。要約すれば、レッズを以後も三菱グループの宣伝物として扱うという結論ですから。

轡田:いやはや、それはねぇ(絶句)

犬飼:「Jリーグ理念」にのっとって考えても歴史経緯を見ても、浦和レッズは明らかにホーム浦和発祥のものであるはず。クラブの独立路線をはっきりと方向付けられなかったあの一件は、思い入れがあった自分の浦和レッズ代表時代の一番心残りになっていますね。
(編集部注:2005年秋。5億円の第三者割当増資を計画した浦和レッズに対し、張不二夫・三菱自工常務はメディア取材に対して「我々が増資を引き受けることもあり得る。販売政策上、三菱自動車イコールレッズだ」と回答。地元企業や自治体、サポーターに株式を割り当て、三菱自工の出資比率を下げることで“親離れ”の進行を目ざした犬飼代表以下の浦和レッズに対して、親会社である三菱自工は逆の見解を示す結果となった)

轡田:ううむ、でもこういう行動を進めるに際しては、地元サポーターもそれなりの覚悟と意識向上を目指さなくてはならないよね。いま犬飼さんが言われた実情の地元クラブに、どのように接すべきか。それを腰を据えて考えなくてはならないでしょう。レッズは地域密着ともてはやされたけれど、こうなって来ると、実態を伴っていたのかは疑問です。本当の意味での地域密着とは何かを、市民レベルからももう一度考えなくてはいけない。

犬飼:ここまでの経緯から推しはかれば、私はレッズはソシオを考えるべきと考えますよ。根本的に体質を変える覚悟があるなら解決への道はそれしかない。テーマの根本は脱・資本。サッカーだけできちんとプロ組織を運営して行けるか否かということだと思います。地域のスポーツ基盤がしっかり反映されていなければ、どの道プロクラブは存続できないのですから。

豊田:市民自らの手で栄冠と文化継承を実感してきたホームタウンの支持者としては、その理想を「諦めていない層」が大半と考えます。そのいま犬飼さんが言われた地域のスポーツ基盤づくりなんて、もしもURAWAができなければ日本中のどの都市にもできないテーマと考えますので。

犬飼:でしょう? 僕はすばりURAWAならそれが可能だと思っています。サッカーというスポーツは地域基盤をベースに考えられなければ、勝てもしないしスポンサーの理解だって得られない。実際に株を保持し、クラブの社長を選び、「純粋な自分たちの地元クラブを作る」という主旨に賛同してくれる方たちは存在するのですから。

轡田:なるほどね。ただ、そういうシナリオを市民はあずかり知らないし、そこに近づいて具現化する手法を考える努力も足りなかったということなのでしょうね。

犬飼:たとえば条件付きではあってもソシオへの道すじが見えれば、URAWAにはかなりの意識変革が起こると考えます。自らが出資し責任も負ってプレーさせているクラブとなれば、先ほどから轡田さんと豊田さんの話に出ているファンやマスコミの浦和レッズに対するサポートの覚悟も、相当な変化を見せるのではないでしょうか?

豊田:ましてや我々は、地元において轡田さんを筆頭にした最強のホームチームを応援した経験を持ち、犬飼さんを筆頭にした最も成功したプロクラブをサポートした「忘れ得ない実体験」も持っている訳ですので(笑)。

犬飼:それってまさに私たち固有の大切な歴史でしょう? 私はURAWAこそが理想の実現に必要な素養を持つ、筆頭のフットボールタウンと信じていますよ。そのために力を注ぎたいしプランも考えている。ホーム浦和が先陣を切って成功すれば、これは日本のスポーツ文化の普及における重要な成功モデルになる可能性があると思うんです。

豊田:その普及のプロセスをレポートできるなら、私たちメディアサイドも本望というものです。

犬飼:「10年後、どんなレッズでありたいか」をテーマに掲げる『浦和フットボール通信』にとっては、今日の対談の中には重要なエッセンスが少なからず含まれていたのではありませんか(笑)。実は先日に上田清司・埼玉県知事の行政アドバイザーの役割を仰せつかりましてね。地元にスポーツを根づかせるための中学校の現場改革から着手させてもらっている。具体的には県内大学のスポーツクラブ部生を中学校の部活指導者として活動してもらうという取り組みですが……。たとえばこういう、真にスポーツを楽しみ、育成の糧となる活動の輪を、URAWA発で全国に発信し拡大したいと考えています。

轡田:それは素晴らしい。

犬飼:たとえばこういう活動を拡げることが、真に「ホームタウンのものである浦和レッズ」を実現するための糧になると信じていますので。

豊田:先日、産業の公益性を説いた地元出身の偉人・渋沢栄一さんにちなむ「論語と算盤」と題する犬飼さんの講演を拝聴しましたか、ぜひ犬飼さんの人生余命4000日をURAWAのために分けてください(笑)。

犬飼:ああ、あの「人生は3万日」というエピソードですね。実はあの講演のあと、参加した方たちからもお言葉をいただいてね。「犬飼さんの4000日のうち最低1000日は浦和レッズのためにください」とリクエストされました(苦笑)。

豊田:これは犬飼さん一人に頼りお任せできる問題でもありません。轡田さん言われる通り、ホームタウンとサポーターが自ら学び立ち上がる、そういう意志を示さない限り進展は望めない案件と思います。ただ、このような内容の犬飼さんの発声は、停滞から抜け出せないクラブに対しては有意義な警鐘となったのではないでしょうか。以後もお二人を始めとする識者の方々の意見をお聞きしながら、微力ながら本誌テーマを推進して行きたいと考えています。

(2011年11月 都内にて)

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