浦和フットボール通信

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レッズと浦和。絆は崩壊したのか。(1)

本誌インタビューではおなじみの大住良之氏をして、昨季最終戦の埼スタ客席に掲げられた「ノーモア三菱人事」の横断幕には考え込まされてしまったという……。新指揮官ミハイロ・ペトロヴィッチの就任とともに新シーズンスタートが告げられたとはいえ、明らかな迷走を続けた昨季の浦和レッズ。そこにはこのシーズンオフに検証しておかなくてはならない“構造的な硬直”が省みられることなく継続している。サッカージャーナリズムの先陣にあって幾多のJクラブの変遷を見届けてきた氏の見解を訊く。(浦和フットボール通信編集部)

大住良之(おおすみ・よしゆき) プロフィール
1951年生まれ。神奈川県横須賀市出身。一橋大学卒業後、ベースボールマガジン社入社。「サッカーマガジン」編集部に配属され、78年より編集長。88年からはフリーランスのサッカージャーナリストとして活躍。日本のサッカーの発展をテーマとし、74年西ドイツ大会以降のワールドカップを始め、各種の国際大会、世界各国の国内サッカーを取材。サッカーとその背後にある文化・社会を描く執筆を続けている。『東京新聞』の連載コラム「サッカーの話をしよう」を中心に、雑誌、インターネットなど活動は多岐。『新・サッカーへの招待』『サッカーの話をしよう』など著書多数。

【明らかになった、レッズが引きずる“体質”】

浦和フットボール(以下UF):ミハイロ・ペトロヴィッチ政権のもと、浦和レッズの新シーズンがスタートを切りました。しかし、残留争いまで演じてしまった昨季のクラブの迷走ぶりは明白なもの。記憶もあらたなうちに大住さんの見解を伺いたいと思います。

大住良之(以下大住):昨年は近年のレッズ低迷の要因が凝縮されたかたちで現われたシーズンだったと思います。たしかにその根底にある要因は、レッズの新たな出発の前に整理しておかなくてはならないでしょう。

UF:このところ恒例となってしまったのですが(苦笑)。柏レイソルに優勝を決められた最終戦は、なんともレッズの不甲斐ない戦いぶりと沈痛なスタジアムの雰囲気だけが記憶に残る試合になりました。

大住:あの時にレッズのゴール裏に出た数々のメッセージの中に、「ノーモア三菱人事」というメッセージもありましたよね。

UF:いろいろ掲出された中でもとりわけ目立ち、指定席スタンドでも同意の反応が大きかった横断幕でした。

大住:笑えないというか、頷くしかない部分があると思う。ゼリコ・ペトロヴィッチ監督の采配やチーム戦術うんぬん以前に、幹部すなわちフロントの迷走ぶりが生むダメージが現場に大きく影響したシーズンだったと思います。

UF:その部分がホーム浦和との結束はもちろん、本誌インタビュー(昨年6月『浦和フットボール通信』Vol.42 巻頭インタビュー参照)で大住さんが指摘されていた「クラブスタッフも含めたレッズ内部のモチベーション低下」にまで繋がっていると思えます。とりわけ私たち地元メディアにとっては、昨年9月の「Talk on together」の情況が決定的でした。クラブの発言と実際のチーム情況のギャップは、いまのクラブの“体質”を露呈するもの。橋本代表のコメントは「フィンケ監督時代からのスタイル継承はこころがけている。私とGMと監督以下3人が何よりコミュニケーションを大切に、一致団結して難局を乗り切りたい」という主旨でしたが、そのわずか5日後に同じ壇上にいた柱谷GMが解任。1ヶ月後にはペトロヴィッチ監督も自ら辞意表明をしたあげくに解任……。

大住:あの会のあと柱谷GMの解任が山形戦敗戦後。監督も退任したのが大宮アルディージャ戦敗戦後。本当に降格に繋がりかねない危険な流れだった。

UF:当日の会場にいた地元ファンから本誌宛てにメールが来たのです。「レッズを心配して仕事帰りに足を運んだサポーターの前で、あのような“実体のないメッセージ”を発せられるクラブ首脳に幻滅しました。彼らが『応援よろしく』と呼びかける聴衆の中には、ふだんから『チームワークを大切に』、『仲間を信じろ』を合言葉にしている浦和のサッカー少年たちも混じっているのですよ」と……。

大住:ホーム浦和として当然の反応と思います。橋本代表が何を持って継承を強弁するのかも不鮮明だし、「Talk on together」という大切な催しがそういう状態になってしまったら、地元との結束も有名無実のものになってしまいます。しかしまあ……これも実情としては「クラブのあり方」がACL制覇のピーク時代以前、レッズ誕生の時点からずっと変わっていないという経緯があると思う。三菱自動車が株の51パーセントを保持し、三菱グループが支配権を握っている。そしてサッカーやクラブ運営に関しては未知数・未経験のトップが就任する流れが生まれてしまう。やはりそこは看過できないポイントでしょう。

Photo by (C) Kazuyoshi Shimizu

UF:その部分を指摘した本誌の犬飼元社長のインタビュー号(昨年12月『浦和フットボール通信』Vol.44 巻頭インタビュー参照)は、読者の方々から様々な反響を得ました。

大住:根底にそれがある事実は動かせません。ただ私はレッズの筆頭株主として三菱自工が存在するということ、それ自体が一概に悪いとは言えないと思うのです。送り込まれるトップ人材の「サッカークラブへの理念」がしっかり確立さえされていれば……。

UF:ホーム浦和も延々それを待ち続けています(苦笑)。

大住:気持ちは理解できます。この問題はレッズ創設以来変わることなく尾を引いているし、昨今は文字どおり“体質”として露見してしまっている面がありますから。いつも監督やGMといった要職の去就に不透明さや混乱が付きまとうし、所属プレーヤーが問題を起しても下されるのはあやふやな制裁措置……。プロの組織とは思えない「取りつくろい」の対応をくり返している。それもファンやメディアの眼にも明らかなレベル。この様な組織のままではプロフットボールクラブとしての機能が働いていないと言われても仕方がないでしょう。

UF:大住さんをして、そう言わせてしまうとは……。

大住:浦和レッズは私企業ではありません。本拠地に根ざした公共性を持たなくてはならない地域のスポーツ財産なのです。そういう意識を持ってクラブ運営が行なわれているのか? クラブは改めてこのテーマと向き合う覚悟を持たなくては、Jリーグやサッカーファンに向けて掲げてきた「ホームタウンとの絆」も危機に瀕することになります。

UF:いうまでもなく、URAWAは“サッカーの街”を自任する場所。その意識が体現されていなければ共感もサポートもできないし、スタジアムから足が遠のいてしまうのも当然の結果と思いますが……。

大住:この現状は浦和レッズを取材してきた自身の経験から言っても残念です。ここは当然、選手ばかりではなくクラブスタッフ全員がそれぞれの持ち場で危機意識を持って奮起しなくてはならない。

【「クラブライセンス制度」は改革への引き金となるか】

UF:改めて伺います。いまの運営体制のままで、レッズはそのような改革へ向けて始動することが出来るでしょうか?

大住:幹部以下、もっとホームタウンやサポーターと正面から向き合う姿勢を自ら示さなくてはならないことは間違いありません。しかしね……「地元の人に愛されるクラブになりたい」「ホームタウンに寄り添いたい」と真摯に考えてやって来たスタッフが、レッズ内部には数多く存在したこともまた事実です。その働きがなければ、現在に至るまでに浦和レッズは崩壊していたと思いますよ。そのような地域との関係についての考えが根本から無く、努力も働きもないまま凋落して行ったクラブも他には存在します。

UF:しかし一方では、そのような志を示してくれた方々、大切なキーパーソンがレッズを離れなくてはならないシステムが働いている情況が見えます。

大住:ここは志を受け継ぐスタッフが数多く残っていることを信じたい。そして現状を捉えた上で、三菱自工以下の三菱グループ、すなわち浦和レッズのオーナー組織の意識向上に期待したいです。それが実現すれば拓ける道すじもあるでしょう。フットボールの世界においてはオーナーがいること自体が悪……という図式は成り立ってはいませんので。

UF:逆に確たるオーナーが存在しなくなると、クラブ経営のリスクも生まれる可能性がある?

大住:そういうことです。もしも三菱グループ撤退が現実となったら、それはそれで安定したクラブ運営が難しくなる危険性が生まれます。

UF:では浦和レッズの安定を見越してのベストな回復路線は、どのようなシナリオでしょう。

大住:オーナー企業がどの様な理念を持ちうるか、にかかっていると思います。分かりやすい例で言えば、レアルマドリードとバルセロナの変遷の比較。かつてサンチャゴ・ベルナベウ(8万人収容のレアルのホームスタジアムの建設に尽力したレアル史上に残る名会長)が仕切った時代のレアルは、強豪であり地元からの敬愛も集める名実ともなう名クラブでした。選手の取り扱い、地元との連携、トレーニングセンターの完備など当時としては先進の体制を実現していたのです。一方のバルサはと言えばルイス・ヌニェス一族の私財クラブという趣きが強く、運営に関してはレアルに完全に遅れをとっていました。しかしその後の20年間でソシオの成功や育成システムの劇的な改革によって立場は全く逆転した。

UF:オーナーの意識変化とトップの素養によってクラブのあり方は改善できる、その可能性はある、ということですね。

大住:そのためにはオーナーである三菱自工が、プロサッカークラブの運営というものを真摯に考えるという前提が当然必要ですが……。いまの情況のままでは三菱自工がホームタウンの「敵」になってしまいかねない。それは企業にとっても深刻なダメージを受ける結果を招くでしょう。

UF:可能性はあっても道は遠いでしょうか?

大住:実は先日、Jリーグにおけるクラブライセンス制度の説明会がありましてね。(編集部注:1月17日開催) 今年度に初めてAFCがその原案を作り、アジア各国がそれに準じたルールを作るようにとの通達です。2013シーズン以降は、このライセンスを取得したクラブでなければACL(アジアチャンピオンズリーグ)に出場することが認められないことになりました。

UF:折も折という感じですが、やはりその様な枠組みは必要になってくるのですね。

大住:これは世界中のサッカー界の潮流と言えます。世界的不況の折なのでクラブ経営にまつわる財務規定に目が行きがちですが、中身を見てみれば人事・運営についての項目も盛り込まれている。監督、コーチらの指導者はもちろん、広報やマーケティング、メディカル、アカデミー担当までの資格に関する規定がある。さらにはそれぞれの部署担当が専門家であること等々の規定が示されています。

UF:なるほど。プロサッカークラブとしてふさわしい経営・運営のあり方が、外部からも問われるシステムがスタートしつつあるということでしょうか。

大住:スタッフを次々と配置転換する「日本企業型」の人事は浦和レッズに限らないのですが、このクラブライセンス制度がJリーグ各クラブのあり方を変えて欲しいと思っています。ここは非常に意味を持つ分岐点なので、私は「このような規定を申し渡せば、『運営に対する内政干渉になるのでは?』とのクラブからの反発も出るのではないですか」との質問をしたのですが、回答は「そのような反応も確かにあった」というものでした。

≪以下、次号(2月9日配信予定)に続く≫

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