浦和への伝言2010 大原ノート – vol.3 絶滅危惧種
vol.3 絶滅危惧種
■突然ですが質問です。埼玉県の鳥は? これは簡単です。ほら、コバトンですよ。シラコバト。では、埼玉県の花は? もっと簡単です。レッズのエンブレムにもあしらわれているサクラソウ。埼玉県の木は? あら、なんでしたっけ。さいたま新都心にある広場、遠征バスツアーに行くとき集合するあの広場の名前? そう、ケヤキです。
■いやあ、すばらしい! 浦和レッズの試合に行っていればどれもすぐ分かります。では、最後に埼玉県の蝶は? ……。わかりません。埼玉県民暦45年の私にして全く見当がつきません。
■そこで、観察会に行ってきました。「県の蝶・ミドリシジミを見る集い2010」、場所は秋ヶ瀬公園。
ベニシジミは見たことがあるけれど、「ミドリ」シジミって知りませんでした。それもそのはず、ミドリシジミは地上にはあまり降りてこない蝶だそうです(朝早くには降りてくるらしい)。観察会ではハンノキの低い枝に運良くとまっていて間近で観察することができましたが、羽を閉じているとただのシジミチョウにしか見えません。いや、蝶がいると気付くことすら難しそうです。標本もご用意くださっていて、こちらは羽を広げていますがこれも地味な茶色で…。
■ところが、ちょっと動いて見る角度が変わったとたん、なんと羽全体がみごとなミドリのラメ色に輝いたんです。うう~ん、なるほど、これはきれいです。このときとまっていたハンノキがミドリシジミの食草で、ハンノキは河川敷や低湿地といった埼玉ではおなじみの場所に生育しています。秋ヶ瀬公園のハンノキ林は関東でも最大規模とのこと。そういうわけでミドリシジミとミドリシジミを育む環境がまさに埼玉を象徴しているということで、1991年に県の蝶として定められたそうです。うれしいことに秋ヶ瀬公園のハンノキ林は40年前とほとんど変わらない状態を保てているそうです。
■ただ、残念だったのは「昆虫採集禁止」の立て札が立ってしまったこと。これは40年前にはなかったものです。周囲の環境が変わってしまったので、致し方ないとは思います。マニアの需要に供するために希少な生物を乱獲する不心得者がいるのは確かなのですから。でも、観察会の主催者のお一人が「子どもたちには捕まえたり、触ったりする実体験が絶対に必要だし、昆虫の場合、そこに生息したという実証のためには標本が必要なのです。」とおっしゃっていました。
■昆虫の絶滅が心配される原因は子どもたちによる採集などよりも、環境全体の変化が大きいそうです。では、また質問です。年間の発生数が60年前と比べて半減してしまった生き物が私たちの身近にいます。なんでしょう。それは「日本人の子ども」です。1950年代、多い年は年間に200万人以上生まれていた日本の子どもは、昨年たったの107万人しか生まれませんでした。少子高齢化というけれど、その本当の数字をどれだけの人が今知っているのでしょうか。60年間で半減、これはもう立派な「絶滅危惧種」予備軍です。
■秋ヶ瀬公園の看板を見ながら、「子どもの生育環境もなんとかせねば」と思いました。麦藁帽子にランニングシャツ、肩から斜めがけの虫カゴに捕虫網、そのむこうに広がる夏空と入道雲、これが埼玉の少年の原風景です。ミドリシジミやミドリシジミを育む環境を保全すると共に、子どもたちにある意味少々残酷で危険もあることを承知させながら、自然と直接に関わることができる環境を用意することはできないのでしょうか。「見る集い」のパンフレットにも「昆虫採集のできる質の高い環境が保全されることを願って」とありました。
<了>
ももせ・はまじ
東京都生まれ。埼玉大学附属中学、浦和一女高、
多摩美術大学卒業後、(株)世界文化社に入社。
保育園、幼稚園のための教材企画、教材絵本、
保育図書の編集に携わる。ワンダーブック等の
副編集長などを経て、現在同社ワンダー事業本
部保育教材部副参与。保育総合研究会会員。蕨市
在住。
くろき・ようこ
川口市生まれ。埼玉大学附属中学、浦和一女高、
千葉大学工学部写真光学科卒業。大学在学中から
研究テーマとしていた撮影技術を生かしフォト
グラファー、イラストレーターとして活躍。現在、
セツ・モードセミナー勤務。川口市在住。