浦和フットボール通信

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VIPインタビュー:対談 犬飼基昭×轡田隆史(3)(12/1)

いまこそ、我らが「サッカーの街」のために(3)

最終節、辛うじてトップリーグ・J1に残留決定―――
あたり前のように大観衆に見守られてはいても、これがかつて隆盛を誇った「サッカー王国」の街名を冠したプロクラブの現状である。打開のために我々にできることは何か。何を目ざし、どこから復権の手だてを考えるべきなのか。犬飼基昭氏(元浦和レッズ代表)と、轡田隆史氏(元朝日新聞論説委員)の提言対談・第3回目をお届けする。   司会・豊田充穂

犬飼基昭(いぬかい・もとあき) プロフィール
1942年、浦和市生まれ。浦和高校時代に日本ユース代表に選ばれる。慶應大学体育会ソッカー部では、4年時に主将を務める。1965年に三菱重工に入社し、サッカー部でプレー。現役引退後は三菱自動車で欧州三菱自動車社長などを歴任し、2002年に浦和レッズ社長に就任。浦和レッズを優勝に導く。2008年に日本サッカー協会会長に就任。2010年に退任した。

轡田隆史(くつわだ・たかふみ) プロフィール
1936年、東京都生まれ。埼玉大学附属中学、県立浦和高校、早稲田大学の学生時代を通してサッカー選手として活躍。特に浦高1年時にはRWとして国体、高校選手権で二冠達成。語り継がれる69連勝の立役者となり、同校の黄金時代を築く。早大卒業後は朝日新聞社に入社し、社会部デスク、欧米・中東特派員、論説委員などを歴任。一世を風靡した『ニュースステーション』(テレビ朝日)などの名コメンテータとしても人気を博した。『「考える力」をつける本』など著書多数。さいたま市中央区在住。

【プロクラブには労を厭わず地域との関わりを築く使命がある】

豊田:犬飼さんのお話にあった「強いチームを支える強い組織」「強い組織を支える強いホームタウン」という構成は深く理解できました。そこで思い出されるのですが、かつて轡田さんに星野和央さん(浦和高校OB さきたま出版会代表)と対談していただいた際に、星野さんが当時の浦高監督・宮川博さんの文集表題が引用されましたね。「その勝ち歌の短けれ」……これも常勝を誇る組織の驕りを戒める、結束へのメッセージと思えるのですが。

轡田:私は宮川さんの豪放というか破天荒な面ばかりを見ていたから、そのようなメッセージを残されていたこと自体が驚きだったんだけど(笑)、確かにいくら勝っても周囲の先輩や指導者から褒めちぎられる習慣はURAWAにおいては極めて希薄だったことは憶えています。

豊田:その後、浦和南高校監督として三冠を達成された松本暁司さんにインタビューした際にもその件を伺いましてね。とにかく「赤き血のイレブン」はゴールしても喜ばない、勝っても喜ばない、三冠を達成しても喜ばない(笑)。勝つのが当たり前、タイトルが使命という気概が溢れていて、本当に鍛え上げられた組織の雰囲気をかもし出していました。理由をお聞きすると「相手へのリスペクト」「タイムアップまでのメンタル維持」「味方同士の結束」という要素を整然と……。

犬飼:結局それらの意識もすべて同じ理想に行き着くと考えます。ゴールを決めたって得点者だけの功績じゃない。イレブンだけの成果でもない。監督のお陰だけでもない。母校が成し遂げたことでもない。ライバル校もあって、鍛えてくれる街の雰囲気もあって、サッカーを通じて自分たちを育ててくれた環境があることを常に忘れるな。そういうメッセージに繋がっていく主旨だと思うんですね。

轡田:その文脈に照らせば、欧州トッププロであるバルセロナもバイエルンも地域との情報共有や人的交流も試み続けているという犬飼さんのお話はスムーズに理解できるよね。そういう努力や雰囲気が再現されなければ、サッカーという貴重なスポーツ文化を育んできたホーム浦和の再興は図れないということでしょう。

犬飼:そうそう、この街のトップにある浦和レッズがどう振舞い、イニシアチブをとれるかという問題は多方面に影響するんですよ。

豊田:サッカーの背後を固める結束の劣化がURAWAらしさの喪失に繋がり、そこにはレッズの存在が大きく関与する……。やはり問題の経緯を整理して未来を考えれば必ずそこに行き当たります(苦笑)。

轡田:だけどね、そうであるならば、最近の埼玉スタジアムの雰囲気はちょっと如何かと僕は思う。レッズが勝てていないという実情を差し引いても、客席の見識も高いものとは思えないところがあります。豊田さんには毎度念を押すけれど(笑)僕が言うこの見解はブーイングの推奨ではありませんよ。

豊田:何を以って我らが誇りであるサッカーを見通すか、という見識のことですよね。

轡田:ゴールが決まればその瞬間だけに有頂天。点を決めるスターがいればその人物だけに注目。誘導しているマスコミも悪いのだけれど、そんな流れにURAWAのファンが同調しているようなら残念です。得点に至るまでに誰がパスを通したか、攻めのきっかけを作ったのは誰の動きか、さらにその前にある守備の伏線は何だったか? そういう観戦術もわきまえるサッカー知性が改めて求められているのではないでしょうか。イチローは日本野球のファンやマスコミの見識の浅さに疲れて大リーグに行ってしまったそうだけど、サッカーだって同じです。ロンドンのスタジアムでは得点の時よりも、折々のファインプレーが出たエリア近くから、選手を鼓舞する拍手が沸き起こる。一辺倒に応援歌で後押しするばかりの最近の埼スタ客席には、少々の違和感を持つんだけどな。

豊田:さらに言えば、サッカーへの見識を高めた観客であれば、ホームタウンがどんな面からプレーヤーたちを支えているか。ピッチ上のイレブンがどんな土壌で育ってこの舞台まで来たか。そういう部分にも眼を向けて行く契機にもなるのでしょう。

犬飼:そう。で、URAWAのケースに当てはめればその源流には割烹着姿でグラウンドに来て僕らを怒鳴ってくれたおばちゃんの存在があるわけです。

豊田:なるほど(笑)。

犬飼:この理解の浸透には、やはりクラブの自己認識が欠かせない。こういう部分をどこまで重要視しているかという……。そうそう、欧州赴任の頃によく地元クラブの練習を見に行ったんだけど。真冬であろうとサポーターがドラム缶をグラウンド脇に並べて薪くべて暖を取り、トレーニング中の選手を叱責したりしているのね(笑)。

豊田:良いシーンですね。そこまでやればファンの戦術眼もサッカーの見識も鍛えられる。

犬飼:ドイツで活躍している長谷部が言っていたのだけれど、向こうではとにかくファンと選手との間が近い。近くする配慮も自然にほどこされている。「練習から視線にさらされていて一瞬とも気が抜けない」って(笑)。クラブもそういうファンの熱意をしっかり受け止めていると証言していた。

轡田:やはりヨーロッパはそういう「戦う選手を作るシステム」が、地域と組織含めて徹底していますね。

犬飼:スポーツ文化というならそこから始まると私は思います。バルサの構想などはクラブづくりの理想だと思うのだけれど、その根底にはやはり地元バルセロナとの絆が歴然とある。私が訪問した折にも、メッシにアシストしたゲーム上がりのイニエスタを、地元の子どもたちにサインしながら語りかけさせる鷹揚さを見せていましたよ。こういう地域とクラブの繋がりは、垣根が取り払われていなきゃ駄目なんです。選手のコンディションを守り、雑音を排除するにはいろんな障害もあるのでしょうけど。彼らは苦労してそういう場を実行継続しています。このような努力のプロセス抜きで「応援よろしく、スタジアムに来てください」ばかりを連呼するなんて虚しいですよ。サッカー、そしてプロサッカーに対する認識を疑います。

轡田:なるほどね。ホーム浦和の歴史と市民を象徴するには、現状の浦和レッズには物足りなさがあるのだろうなあ。

【危機感を共有できないレッズとホーム浦和の関係】

豊田:私たちホーム浦和の住人にとっては、かの福永さんの「浦和を制するもの」発言以来、ホームタウンとサッカーが一体化して栄冠にまで至る成功体験は南高三冠時代を除けば実感することが出来ていません。浦和レッズをトップチームに置くJリーグ発足以降に限れば、塚本・犬飼両社長が「語る会」で声明を発し、ナビスコ制覇、リーグと天皇杯制覇、アジア制覇と駆け上がった数年間のみであったと認識しています。そして現在、2011年の情況はといえば……あの結束を誇ったレッズとホーム浦和がここまでミゾを深めてしまったかと痛感する次第です。犬飼さんに伺います。現在のレッズに対する印象は、今回の取材でお聞きしたかった最大のテーマであるわけなのですが。

轡田:そこは当然私も聞きたいところですよね。でも老婆心ながらお聞きするけれど……私も豊田さんもレッズ支持者としての自由な立場から質問をぶつけてしまうけど、そのレベルまで踏み込んだ質疑を犬飼さんにお願いすることはよろしいのですか?(傍らにいる本誌椛沢編集長に進行の可否を問う仕草)

犬飼:いや、それはよろしいのではないですか? むしろホーム浦和はレッズの本拠地として、もっとクラブに向けて忌憚のない意見を発信するべきと私は思っていますから。

豊田:ありがとうございます。では、ピッチ上のサッカーを支えるクラブの結束力から伺います。塚本社長時代にホーム浦和と浦和レッズを一体化させる突端が作られ、犬飼社長時代にはさらに両者の間にある障壁が取り払われ、サポートをする観客から裏方のホームタウンの体勢までが一気に築かれた。そこにはクラブとホームのコミュニケーションがあり、街ごとサッカーを盛り上げて行く気運も燃えていたと思う。ところがこのところのシーズンを見渡すと、これらの要素が著しく劣化しているように思えます。

犬飼:それは明白でしょう。端的に申し上げればね、ホーム浦和の人間でレッズの社長に就任したのが私だけという事実。これはURAWAにとって本当に気の毒なことだと思いますよ。今日ここで轡田さんと振り返って来たようなホーム浦和が積み上げてきたサッカーの経験値とか、そこから生まれた人々のサッカーへの思い……。そういうものを知らない、知る努力も足りない人たちが率いても、プロクラブましてや浦和レッズは成立しません。

轡田:何とも残念な……やはりそういう危機的状況はあるのですね。

犬飼:ありますね。深刻なレベルで。

豊田:頼みの観客動員も減少を続けています。

犬飼:1万人以上を減らしている。

轡田:それは抗議なのでしょう?

犬飼:抗議でしょう。シーズンチケットを持ちながら、ファンが客席を埋めてくれないのだから。明白なホームタウンからの抗議ですよ。すくなくともクラブ幹部は危機感を持って捉えるべきなのに、ポロポロと聞こえてくるのは「勝てば観客は戻ってくる」なんていう発言。こういう現実を真摯に受け止める感性が組織全体から欠落しているのではと思う。ならばホームタウンである“サッカーの街・浦和”は、こういう状況を容認するのかという話です。

豊田:このような劣化をまねく原因は?

犬飼:URAWAという日本有数のサッカーどころのトップクラブ。そこに親会社のグループ内から、社長経験に適合しているという理由付けだけでトップの人材が無作為に送り込まれていること。これは問題でしょう。こういうシステムがいまだに残っていること自体が、日本にいまだスポーツ文化が根づいていない何よりの証しだと思います。いままでの協力体制には当然リスペクトがあって然るべき。でも現実問題として成果が残せなかったトップの人事権を三菱自動車工業が現状のままで保持することが変わらないのであれば……私はホーム浦和はもはや実行動に移すべき時が来ていると思います。

≪Vol.4に続く≫

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